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<イスラエルへの軍事支援に反対するアラブ系・イスラム教徒や左派の若者の間で「バイデン離れ」が加速中。「バイデンvsトランプ」ぎりぎりの戦いの行く末は──>
ベトナム戦争やイラク戦争のときと違い、ウクライナやパレスチナ自治区ガザでアメリカ人が戦っているわけではない。
だが今年のアメリカ大統領選挙は、ベトナム戦争のさなかだった1968年選挙と同様、外交政策がその行方を左右する珍しい例となるかもしれない。
ガザを攻撃しているイスラエルに対するアメリカの軍事支援への反発が、再選を目指すジョー・バイデン大統領を不利な立場に追い込む可能性があるのだ。
ガザで数万人のパレスチナ人がイスラエルの攻撃によって殺されていることに怒っているのは、若者や進歩派、アラブ系やイスラム教徒、そして一部のユダヤ人といった人々だ。有権者全体に占める割合という意味ではそう大きな集団ではない。
それでもミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニア、ジョージアといった接戦が予想される州で、そうした反発からバイデン支持者が投票に行かなかったり、民主党でも共和党でもない第3党の候補に票を投じたら、ドナルド・トランプ前大統領の返り咲きに道を開くことになる。
「バイデン大統領のやっていることは火遊びだ」と、人権団体「パレスチナ人の人権のためのUSキャンペーン(USCPR)」のアフマド・アブズネイド事務局長は本誌に語った。「人々がガザでの死や破壊を繰り返し目にするなかで、イスラエルに対するアメリカの支援への疑問は高まっている」
アメリカの選挙では通常、外交政策は経済や国内問題ほど主要な争点にはならない。だが共和党のリチャード・ニクソンが勝利した68年の大統領選では、外交政策が大きな争点となった。当時アメリカ各地の大学では、民主党政権によるベトナム戦争への介入強化に反対するデモが頻発していた。
一方で2014年の大統領選では、対テロ戦争を率いたジョージ・W・ブッシュが再選された。反戦の機運が高まりつつあったにもかかわらずだ。バイデンはイスラエルによるガザ攻撃がアメリカ政治に与える影響を十分に理解していると、バイデンの考えをよく知る人々は言う。
票の取りこぼしは許されない
進歩派がガザでの戦争に反対している点について、バイデンは「懸念を抱いている」と、チャック・ヘーゲル元国防長官は本誌に語った。
それでもバイデンは、対イスラエル政策であれ他の外交政策であれ、政治的影響について考えるのではなく「自分が正しい行動だと思う」ことを実行しようとしていると言う。「全体的に見て、彼はいい仕事をしてきた」とヘーゲルは述べた。
イラク侵攻直前の米英駐留部隊(03年)。戦争は米大統領選を左右してきた SCOTT NELSON/GETTY IMAGES投票日までには、さまざまな状況の変化が起きる可能性もある。
バイデンは戦争の長期化に伴い、イスラエルへの批判を強めている。5月8日には、イスラエルのガザ南部ラファへの大規模侵攻計画に対し一部の武器の供与を停止するとの決断も下した。こうした対応には、有権者のバイデン離れを食い止める効果があるかもしれない。
イスラエルとイスラム組織ハマスが停戦合意してガザでの流血に終止符を打つ可能性もある。4月に米連邦議会が軍事支援再開を承認したことでウクライナは勢いを取り戻すかもしれない(民主党支持者の多くはウクライナ支援を支持している)。
だがガザでの戦争に終わりが見えず、中東問題が大きく報じられる状況が続く可能性もある。そうなればバイデンは8月の民主党全国大会まで世論の反発への対応に追われ続けるだろう。
ちなみに68年の党全国大会(くしくも開催場所は今年と同じイリノイ州シカゴだった)では、反戦を叫ぶデモ隊と警察が衝突した。
「現時点では(勝つか負けるか)ぎりぎりの状況であり、バイデンに票の取りこぼしは許されない」と、ハーバード大学ケネディ政治学大学院のトーマス・パターソン教授(政治学)は本誌に語った。
「第2次大戦後のアメリカの選挙で外交政策が大きな役割を果たしたのは、状況が芳しくないときだけだ」とパターソンは言う。そしてガザ問題において「バイデンは勝ち目のない状況に自分を追い込んでいる」。
同時多発テロ後、ブッシュ政権は対テロ戦争を始め、共和党は新自由主義(ネオリベラリズム)的な外交政策に走った。それを尻目に民主党は、アラブ系やイスラム教徒を支持層に取り込んできた。
だがイスラエルへの軍事支援は、そうした支持層の民主党離れを一部で引き起こしていると専門家らは指摘する。この問題が「アラブ系アメリカ人有権者に大きな影響を与えることは現時点では間違いない」と、アラブ・アメリカ研究所のジェームズ・ゾグビー所長は語った。
本誌がバイデン陣営にコメントを求めたところ、ガザ問題でのバイデンの対応を擁護する回答が届いた。
「大統領は中東において暴力を終わらせ、公正かつ恒久的な平和を実現するという目的を(人々と)共有し、その目的のために日々奮闘している」と、バイデン陣営の広報を担当するチャールズ・ラットバクは本誌の問い合わせに書面で回答した。
4件の刑事訴訟を抱えつつ、再選を目指すトランプ(5月、ニューヨーク市の裁判所で) SETH WENIGーPOOLーREUTERS激戦州で鍵を握るアラブ系
外交実績を比べれば、有権者はトランプではなくバイデンを選ぶはずだと、ラットバクは主張する。「何十年にも及ぶ外交経験や、同盟国との深い信頼関係を考慮すれば、今まさに国際舞台においてアメリカが必要としている指導者はジョー・バイデンにほかならない」というのだ。
「それに比べトランプは、アメリカを北朝鮮との核戦争に導きかねないような発言をツイッター(現X)で重ね、ウラジーミル・プーチンら独裁者をたたえて世界におけるアメリカの指導力を衰退させた」と、ラットバックは述べ、もしトランプが再選したら、1期目よりも「もっと事態は悪化するだろう」と警告した。
ガザの戦闘がアメリカの国内政治に及ぼした副次的な影響で、選挙ウォッチャーはアラブ系とイスラム教徒のアメリカ人に注目するようになった。
この2つの集団はかなりの部分重なり合っている。アメリカの人口に占めるその割合は小さいが、この層の票は重要な激戦州の選挙結果を大きく左右する可能性がある。
20年の国勢調査によると、中東または北アフリカにルーツを持つアメリカ在住者は350万人。この調査は宗教については調べていないが、ピュー・リサーチセンターの17年の調査では、アメリカ在住のイスラム教徒は340万人で、50年までに倍増する見込みだ。
今年4月に発表されたピューの別の調査では、アメリカ在住のイスラム教徒の66%が民主党または左派寄りの第3政党を支持すると答えていた。彼らは数の上では小さな集団だが、ミシガン州などの激戦州に固まって住んでいて、州規模の重要な選挙の結果に大きな影響を与える。
全米各州のうち、州人口に占めるアラブ系が最も多いのはミシガン州だ(アラブ・アメリカ研究所調べ)。前回の大統領選で、同州ではバイデンがトランプに15万4000票余りの僅差で勝った。この時、同州で有権者登録をしたイスラム教徒は20万6050人。
同州で今年2月に行われた大統領選の民主党予備選では、イスラエルを支持するバイデンに抗議の意思を示すため、「支持者なし」と投票した人が10万人を上回った。
ミシガン州だけではない。やはり激戦州のウィスコンシン州とペンシルベニア州でも、アラブ系とイスラム教徒の人口は前回の大統領選でバイデンがトランプよりわずかに多く獲得した票数を上回っている。
ウィスコンシン州では前回の大統領選でバイデンは2万票の差でトランプに勝ったのだが、同州で今年4月に行われた民主党予備選では、およそ4万8000人の有権者がバイデンの中東政策に抗議するため「党の指示に縛られない選挙人」に投票した。
1968年にはベトナム反戦の嵐が吹き荒れた。(写真)民主党全国大会の会場前で行われた反戦集会でベトナム戦争に抗議する人々 SANTI VISALLI/GETTY IMAGES草の根団体「ミリオン・ムスリム・ボーツ」によると、全米のイスラム教徒のうち前回の大統領選に投票した人は150万人で、投票率は71%だった。
今回の選挙でこの割合がさほど低下しなくても、ミシガン州などの激戦州ではトランプが有利になる可能性があると、民主党の戦略担当者らは警戒している。
イスラエルのガザ侵攻でバイデンは「アラブ系の票を当てにできなくなったと思う」と、前回の大統領選でバイデン陣営の世論調査を担当したセリンダ・レイクは本誌に語った。
情報源が異なる若者と高齢者
バイデンの中東政策に怒っているのはアラブ系だけではない。全米各地の大学で抗議の声が広がり、人種、民族、宗教を問わず、左派の若者の「バイデン離れ」が加速している。
イスラエルのガザ侵攻をジェノサイド(集団虐殺)と見なす10代~30代のリベラル派は、今こそ立ち上がらなければと思っていると、USCPRを率いるアブズネイドは話す。バイデンのイスラエル寄り姿勢は「若者や非白人には信じ難いほど不人気だ」というのだ。
イスラエルのガザ侵攻に対するアメリカ人の見方は年代によって大きく異なる。
アラブ・アメリカ研究所の今年1月の調査では、アメリカ人全体ではパレスチナ寄りの人は19%にすぎなかったが、18~29歳では37%を占めた。ギャラップの今年3月の調査では、イスラエルに好意的なアメリカ人は55歳以上では71%に上るが、18~34歳では38%だった。
バイデン勝利の鍵を握るのは比較的若い世代だ。バイデンは前回、若者と非白人の支持を取り付けてトランプを下した。出口調査ではバイデンは18~24歳の票をトランプより24ポイント多く獲得。黒人とラティーノ(中南米系)の若者に絞れば、さらに大きな差をつけた。
ガザの抗議デモはあらゆる経歴の若者たちのもっと広範な不満も反映していると専門家は指摘する。バイデン政権はイスラエルへの軍事援助などに巨費を投じるのではなく、学生ローンや住宅問題などアメリカ国内の問題に取り組むべきだと若い世代は考えている。
もちろん、若者がアメリカの外交政策に不満を抱くのはこれが初めてではない。現在の抗議活動はイラク戦争とベトナム戦争に反対する抗議活動が2004年と1968年の大統領選を特徴付けたのと比較される。
だが今回の選挙の特徴は、この2回と違って米軍部隊が中東やヨーロッパで地上戦を繰り広げていないことだけではないと専門家は指摘する。
キング牧師暗殺後の暴動で廃墟と化した街(1968年) CHICAGO HISTORY MUSEUM/GETTY IMAGESアメリカは今、ベトナム戦争やイラク戦争の頃よりはるかに党の方針に沿って二極化している。バイデンの国際協調路線とトランプの孤立主義は、外交政策をめぐってより厳しい選択を有権者に迫ると、歴史家らは言う。
ソーシャルメディアも一般市民が外国の出来事について情報を収集する方法を変え、ガザをめぐる世論の世代間ギャップを広げている。
「20年前は若者と高齢者の情報源はもっと重なっていた」と民主党の世論調査専門家レイクは指摘する。昨今は「若い世代はTikTok(ティックトック)が一番の情報源」で、主流のニュース主体の上の世代に比べてガザでの暴力映像に触れやすいという。
「若者と高齢者は異なる2つの別々の戦争を見ている」
今回の大統領選はガザとは無関係の要因でも過去の大統領選とは違っている。二大政党の候補者が共に70歳を超えていて、再選を目指すトランプは4つの刑事裁判(本人によれば「政治的迫害」)に直面している。
ほとんどの有権者は外交政策ではなく、経済、移民、中絶などの問題を重視するはずだと、共和党の世論調査専門家ロバート・ブリザードは本誌に語った。「今回はバイデンの経済運営に対する評価とトランプの人格に対する評価が争点になる」
それでも過去のアメリカの政治における転機を思わせる側面は残っていると、アラブ・アメリカ研究所のゾグビーは言う。ベトナム戦争は68年の大統領選がニクソン有利に傾いた唯一の要因ではないが「非常に重要な役割を果たしたのは確かだ」。
進歩的な若者をはじめバイデンがイスラエルを支持していることに憤る有権者にとって選択肢は「トランプかバイデンかではなく、バイデンに投票するか誰にも投票しないかだ」。
今回の大統領選は異例だらけ
バイデン支持者は最終的にはトランプではなくバイデンを支持するはずだと、バイデン陣営は踏んでいる。秋には左寄りの有権者は今回のトランプの選挙公約に目を向けるに違いないと、民主党は考えている。
トランプは今回、再選のあかつきにはイスラム教徒が多数派の国からの入国禁止を復活させ、不法移民取り締まりの一環としてアメリカ史上最大規模の退去作戦を行い、「NATOの目的と使命」を再検討すると公約。
国防費が目標(GDPの2%)に達していない加盟国に対してはロシアが「好き勝手に振る舞う」ことを奨励するとも発言している。
トランプも筋金入りの親イスラエルで、過去数週間のガザでの戦争へのイスラエルの対応に批判を強めているにもかかわらず、進歩派が喜びそうな政策を取る気配はない。
トランプ再選の場合、彼のリーダーシップに「非常に不安を覚える」とヘーゲル元国防長官は本誌に語った。「この国にとっても世界にとっても悲惨な結果を招くだろう」
従来、有権者は外交政策について極端な見方をする大統領候補を拒んできたと、ブルッキングス研究所のシニアフェローでクリントン政権のブレーンの1人だったイレーン・カマークは語った。
「バイデンのほうが、特に世界におけるアメリカの役割については従来の大統領寄り」で、トランプは「アメリカの外交政策の主流から外れている」という。
結局はバイデンの対イスラエル政策のほうがほとんどのアメリカ人の見方に近くなるだろう。進歩的な極左の一部は引くかもしれないが、ガザの問題では「アメリカの指導者の一種中立のメッセージと、キャンパスにおける秩序を守る感覚が、バイデンに投票する気のない有権者よりも大きな集団にアピールする」可能性はあると、アメリカのユダヤ・ロビー「Jストリート」のジェレミー・ベンアミ代表は言う。
だがその一方で、中道受けを狙うのは誤りで、その場合バイデンは選挙で敗れるかもしれないとの見方もある。
USCPRのアブズネイドはバイデンに批判的だ。「彼の政治的な思惑は的外れだ。バイデン大統領は空気を読んでいない」
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