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<公に説明したことはない、長期政権を目指す理由。その「野心」の原動力とは何か?>
独裁色を強める、習近平政権。その習近平は「毛沢東の夢」に言及したことがある。その「野心」の原動力とは何であり、毛時代と大きく異なる点は何か?
党・国家の中枢から翻弄される市井の人々まで、一人ひとりの声に耳を澄ませながら、幸福な全体主義国家を描いた...。
中国取材の第一線で活躍する気鋭のジャーナリスト・大熊雄一郎の『独裁が生まれた日』(白水社)より一部抜粋。
長期支配の理由
習近平はなぜ長期政権を目指すのか。公に説明したことはない。その動機を探るヒントが、中国共産党の非公開の内部発行資料にあった。
資料によると、党は2018年1月に党中央委員や閣僚を集めた会議を開いた。習はその場で演説し、「毛沢東の夢」に言及していた。
習は「共産党が何をなすべきか」と問題提起し、1956年8月の毛の言葉を引用した。「世界最強の資本主義国家、すなわち、米国に追い付く」「もしそうでなかったら、われわれ中華民族は全世界の各民族に申し訳が立たないし、人類への貢献も小さいものになる」
習は偉大な社会主義国家を築けば「他国に見下される不運な状況を変え」られると力説した。
この発言は、党が国家主席の任期制限撤廃の方針を決める直前のものだ。最強の資本主義国である米国に追い付いて「強国」を築くためには長期安定政権が必要だと主張し、終身国家主席を可能にする重大決定の支持取り付けを図る狙いがあったとみられる。
習は本気で国際秩序の主導権を握ろうとしている。中国が14億人を抱える大国にふさわしい地位を得られていないとの不満が背景にある。
最高実力者だった鄧小平は経済成長に必要な国際環境を維持するため、能力を隠して国力を蓄える外交戦略「韜光養晦(とうこうようかい)」路線を取り、対米関係の安定を最重要課題に据えてきた。
一方、習は対米戦略を転換し、米国主導の秩序を突き崩す意図を隠さなくなった。国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」を後押しするとして「グローバル発展イニシアチブ」を提唱。
ロシアや北朝鮮など反米国家との連携を深め、中国、ロシア、インドなど新興国でつくる「BRICS」の枠組みを軸に影響力を高め、グローバルサウスと呼ばれる新興・途上国の取り込みを進めている。
国家主席任期撤廃は、米政権が中国の民主化に見切りを付け、台頭する中国を「挑戦者」と位置付けるきっかけにもなった。
野心的な中国に日米欧は警戒を深めるが、習は西側先進国との関係悪化は国際社会での主導権を握るまでの一時的な痛みだと判断しているフシがある。
中国共産党の性質は毛沢東時代から変わっていない。習は路線を転換したというよりも、むしろ鄧小平時代に進んだ"脱毛沢東化"の流れを食い止め、元に戻そうとしている。
毛時代と大きく異なるのは、党の支配下にある中国がその野心を実行に移すための能力を、飛躍的に高めた点にある。
監視網
中国共産党が神のように崇めるロシア革命の指導者レーニンは、秘密警察「反革命・サボタージュ取り締まり全ロシア非常委員会」(通称チェーカー)を利用し、政権を脅かす「反革命」を取り締まった。
この警察機構は数々の悲劇を生むことになるが、中国共産党はこれよりも効率的に、かつダイナミックに「人民の敵」を捕捉するシステムを構築しつつある。
中国でインターネット検閲制度を創設し、「検閲の父」と呼ばれる方浜興は2011年、ネット検閲と、検閲を逃れようとする人々の「戦いは永遠に続くだろう」と指摘した。
習近平指導部はネット空間に照準を定め、独裁体制を揺るがしかねないと認定した言論を取り締まるため監視範囲を歯止めなく広げた。
中国でネット利用者は10億人を超える。短文投稿サイト「微博」や通信アプリ「微信」など独自の交流サイト(SNS)が次々と登場し、かつては厳しい言論統制下にある中国で、一人ひとりが発言権を持つ時代が到来するとの期待も一時的に膨らんだ。
中国政府は自由な言論空間を放置すれば、共産党の独裁体制を否定する「西側の価値観」が氾濫するとの危機感を抱き、当局に批判的な利用者を摘発するなど徹底的に取り締まる方向にかじを切った。
2017年にプロバイダーに対しネット利用者の実名登録や公安当局への協力を義務付ける
「インターネット安全法」が施行されたほか、SNSの限定された仲間内でつくる「グループ」のやりとりを監視し、警察を侮辱するなどの投稿をした場合に法的責任を問う制度が導入された。
微信を運営するIT大手、騰訊(テンセント)の関係者は「公安当局の指示があれば誰のチャット記録でも提出しなければならない」と話す。指導者を皮肉る投稿などを通報するシステムも導入されているという。
「私は自分が中国で綿々と続いてきた『文字獄』(言論弾圧)の最後の被害者となることを期待する」
かつてこう訴えたノーベル平和賞受賞者の民主活動家、劉暁波は2017年7月に当局の拘束下で"獄中死"した。劉を追悼する写真などをSNSに投稿した中国の活動家らは拘束された。
共産党は自由な発信の場となる可能性があったネット空間を裏切り者をあぶり出し、摘発する手段へと変えた。
人工知能(AI)やビッグデータといった最新技術を駆使して約14億人の国民の言動を監視、コントロールし、共産党の一党支配を半永久的に持続させる構想だ。「デジタル独裁」の権力乱用に懸念が強まる。
「あなたの行動はすべて把握していた」。私が2018年に新疆ウイグル自治区西部のカシュガル地区を訪問すると、公安当局が取り囲み行動を阻止した。流ちょうな英語を話すウイグル族の警察官は、監視カメラ映像や携帯電話の通信記録を基に追跡したと誇らしげに話した。
中国政府はウイグル族など少数民族が多く住む同自治区で「AI統治」を全国に先駆けて導入した。
2017年には、区都ウルムチ市にビッグデータを活用した治安維持を推進する「国家工程実験室」を設立。公安省、学術機関などが連携して「ビッグデータによる立体的な治安と防犯システムを構築する」(実験室主任)ための拠点だ。
同自治区では至る所に監視カメラや顔認証の機器が置かれ、当局はSNSのやりとりも監視。地元の男性は「当局の悪口を書き込んだら数分以内に警察が来る」と話した。習指導部は新型コロナウイルス流行をきっかけにこうした統治を全国に広げた。
政府は企業とも連携を深めている。テンセント、電子商取引(EC)最大手のアリババグループ、音声認識技術大手の科大訊飛など、党に忠実な企業を支援。企業側は膨大な量の個人情報を当局の求めに応じて提出しているとみられている。
微信や電子決済の利用者は、知らないうちに通話や購入の記録、資産運用などの情報が国に吸い取られる可能性を常に抱えている。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチは、中国政府が国民の生体認証のデータベースを構築するため企業を通じて個人の音声認証データを集めているとして「歯止めなき監視」に懸念を示す。
強大な監視網を構築した結果、新疆ウイグル自治区では拘束者が急増。当局による個人情報の収集、保存、利用を監視する法律やメディアは事実上存在しない。
大熊雄一郎(おおくま・ゆういちろう)
共同通信社記者。2009年共同通信社入社。社会部、外信部を経て11年〜15年、中国総局で反日デモや党幹部失脚、香港「雨傘運動」などを取材。17年再度中国総局に赴任し米中貿易摩擦、香港大規模デモ、武漢新型コロナ流行、中国共産党結党100年、北京冬季五輪等を取材。第20回党大会を巡るスクープなどが国際報道に貢献したとされ、「ボーン・上田記念国際記者賞」(2022年)を受賞。
『独裁が生まれた日』
大熊雄一郎[著]
白水社[刊]
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