「総統になるのはまだ早い!」
7年前、台南市議会で当時市長だった頼清徳氏にこんな言葉を浴びせ、けんか腰で対峙した議員がいた。頼氏が台南市長を辞し、行政院長(首相に相当)に就任する際は「一生あなただけを見張る」と宣言。頼氏が20日総統に就任するにあたり、“最も粘着する男”に話を聞いた。
対立する二人、その発端は
先月、件の元市議、謝龍介氏に会うため台南市の事務所を訪ねた。入り口付近に飾られた孫文の肖像画と、大きなサイズの馬英九前総統の写真が目に入る。師と仰ぐ馬前総統と同様に謝氏も国民党の所属で、中国との距離が近く、3月に上海を訪問したばかりだという。
一方の頼氏は「一つの中国」の原則を主張する中国側から「独立勢力」と見なされる存在だ。医師として台南市で勤務し、その後立法委員(国会議員に相当)に選出され、2010年台南市長に当選した。
謝氏は何度も頼氏と激しくやりあったが、印象的なのは2017年6月の議会だ。謝氏は頼氏を「台湾独立派」だと糾弾し、答弁に立つ頼氏の至近距離まで迫った。すると「ここに立つには選挙で当選する必要がある。あなたが市長になるには早すぎる」と頼氏に皮肉交じりに諫められ、謝氏も返す刀で総統候補と目されていた頼氏に冒頭の言葉をぶつけたのだ。
「結局総統に選ばれましたね」と話す表情に悔しさは感じられず、清々しさすら感じる。
民進党と国民党。二大政党制の台湾で両党の対立は根深い。しかし謝氏がインタビューで最初に語ったのは意外な事実だった。
元台南市議・謝龍介氏
「頼氏と私について最も重要なことは、彼の側近はみんな、私の若い頃からの良い友人だということです。そのためお互いの距離は比較的近いのです」
頼氏が事務所を訪れることもあったようで「ちょうどあなた(記者)が座っている位置に頼氏が座っていました」と回想する。日本でも議会を離れれば、与野党の議員が親しくする例はあるが、もともと両者の関係はそこまで悪くなかったようだ。
頼氏は市長就任後「台湾は主権独立国家」(2015年)、「台湾独立の主張は変わらない」(2017年)などと発言したほか、上海訪問(2014年)の際は現地の大学教授らと対談し、民進党の綱領について説明する中で「台湾独立」という言葉も飛び出している。中国に近い立場の謝氏は当然強く反発した。
しかし二人が対立を深めた理由は、こうした発言だけが原因ではないように感じた。取材中、謝氏がひときわ熱を込めて語ったエピソードがある。二人の共通の趣味と言える「野球」をめぐる相克だった。
「台南市にも市民球団を」賛同した頼氏のとった行動は
頼氏は総統選で自身が「野球ファン」であることを前面に押し出した。演説中はオリジナルのスタジアムジャンパーに身を包み、プロモーション用の映像や選挙対策本部の内装も、野球をコンセプトに作り上げていた。一方の謝氏も、野球には強い思い入れがある。
元台南市議 謝龍介氏
「台南市は野球の歴史がとても古い。私の父親も野球選手でした。元西武ライオンズの郭泰源(1985年~1997年在籍 速球を武器に“オリエント・エクスプレス”と呼ばれた)も台南市出身で、高校時代の同級生だよ」
ちなみ頼氏と謝氏は共に、台南市に本拠地を置くプロ野球チーム「統一ライオンズ」のファンだと公言している。そんな関係もあってか、謝氏は頼氏に「台南市にも城市棒球隊(都市野球チーム)を作ろう」と提案したという。城市棒球隊とは市政府が運営する市民球団で、ドラフトで指名されなかった球児らを対象にしていた。再びプロ目指すことも可能で、台北市や台中市、高雄市など他の主要都市では既に始動していたという。
元台南市議 謝龍介氏
「台南出身で他の県や市で野球をしている若者がたくさんいました。地元にはプロ球団以外の受け皿が何もないからです。市民球団が設立されれば、外に住んでいる多くの若者が故郷・台南に戻って野球をすることができるようになる。これが当時の私たちの願いでした」
頼氏も賛同し、話は順調に進んでいったという。
元台南市議 謝龍介氏
「頼氏は私の提案を気に入りました。当時二人とも野球が大好きでしたから。彼は有名な元プロ野球選手を探し、市民球団にどのような指導者が必要かなど議論を開始しました」
ところが、頼氏は徐々に市民球団の話をしなくなったという。変わって民進党の関係者らが次々と協議に加わるようになる。2014年、台南市は念願の市民球団を発足したが、謝氏は党派的利害を優先され「民進党の手柄にされた」と感じている。
元台南市議 謝龍介氏
「頼氏は市長ではあるが、自分は民進党の人間だと思っている。だから市民球団の件を民進党中心の態勢に移行したかったのでしょう。私から見れば野球のようなスポーツにまで政治を介入させるのは、いかがなものかと思う」
「頑固」の指摘も「彼は変化し続けている」
市議の頃、頼氏に対し何度も議会で「独立派だ」と迫った謝氏だが、最近の頼氏に「変化」を感じているという。
元台南市議 謝龍介氏
「頼氏は“現実的な台湾独立工作者”(行政院長時に発言)ではなくなりました。それは彼が若い頃の理想の類です。実際は早い時期から変化が伺われます」
あれだけ議会で頼氏の発言に噛みついた謝氏だけに、これは意外な指摘だった。頼氏は蔡英文総統の路線を引き継ぐことを公言し、台湾独立や中国による一国二制度ではなく「現状維持」を強調している。一方、中国政府からは独立勢力とみなされ、総統選では他の候補からも過去の「独立発言」について批判を受け続けた。「まっすぐで、融通が利かない、頑固」という声も聞かれる頼氏だが、“最も粘着する男”は頼氏の変化を感じるとともに、期待を寄せている。
元台南市議 謝龍介氏
「台南市長、行政院長、さらには副総統になり、ステップアップするにつれ、衝動的な台湾独立の訴えは国際社会から見ればタブーだということを理解したのでしょう。頼氏は2020年以降、公に独立を主張したことはないです。彼も変わりつつあるのです。総統選の得票率も40%程度だから、今後は中間路線へと切り替えると私は予測しています」
謝氏は1月に行われた選挙で立法委員に初当選した。二人は今後、舞台を台南市から中央に移し、総統と立法委員という立場で対峙することになるが、現在の心境を野球に例え、こう明かす。
立法委員 謝龍介氏
「これは延長戦ですね(笑)。頼氏は地方から出世し続けて、今まさに総統に就任しようとしている。彼は党のトップでもあるので、現時点で私は2対0で負けています。しかし私は今、立法院にいます。ランナー2塁といったところでしょうか。もちろんランナーを生還させ得点するつもりです。頼清徳投手はどんな球を投げるのか。打てるかな…」
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