人の気配がない草原の一本道を車で走っていると、数十人の兵士の姿が見えてきた。急いで車を停めるとIDを確認され、危険物などがないか徹底的に調べられる。兵士たちはほぼ無言で、空港などのセキュリティチェックとは全く違う緊張感が漂う。
逮捕状なしで次々拘束 「ギャング撲滅作戦」を展開
私たちが向かっていたのは、中米・エルサルバドルの「テロリスト監禁センター」。2023年に稼働をはじめた最新施設で“世界一恐ろしい刑務所”とも呼ばれている。
およそ30年にわたるギャングの抗争で荒廃したエルサルバドル。2015年には10万人あたりの殺人事件が世界最悪レベルの106.3件まで上昇した。これは日本の殺人事件発生率のおよそ150倍だ。
ギャングが国の実権を握り、治安は事実上崩壊していた。
しかし、2019年に状況は一変する。「治安回復」を最優先課題に掲げるブケレ政権が誕生したのだ。
緊急事態宣言のもと、政権は憲法を一部制限してまで「ギャング撲滅作戦」を展開した。ギャングとのつながりが疑われる人物は、逮捕状なしで次々と拘束された。国の人口は650万人だが、そのうち約8万人が逮捕されたと言われる。
結果として、殺人事件の発生件数はわずか数年でピーク時の50分の1にまで減少した。治安の劇的な改善をうけ、ブケレ大統領は「救国の英雄」となった。
一方、市民生活を牛耳ってきたギャングは、いまや“テロリスト”とみなされる。捕まったギャングたちは全員が「テロリスト監禁センター」に送られるという。
「話しかけてはいけない」受刑者は外部との接触一切禁止
私たちの車が「監禁センター」に到着すると、出迎えてくれたのは刑務所のスタッフではなく、政府の広報官だった。そこで政府の取り組みと今回の取材についての注意事項が伝えられた。
印象に残ったのは、「受刑者に話しかけてはいけない」というルールだった。受刑者は家族を含めて、外部との接触が一切禁じられている。逃走中のギャングメンバーとのコンタクトを防ぐ目的もあるようだ。
施設内に持ち込むものも最小限に制限される。刑務所内は通常の携帯電話の電波が通じないよう管理されている。
結婚指輪やパスポートを含め、ほとんどの荷物はエントランスで預ける。その後、空港にあるような機械を使って、セキュリティチェックを受けた。体内に何かを隠していないか調べるための、CTスキャンのような検査も受けた。
担当者は、「施設内に持ち込まれるものは100%コントロールされている」と胸を張る。
“戦場レベル”の態勢 強力な武器に武装した警察官や兵士
セキュリティゲートを通過した後に私たちが案内されたのは、警備員の“武器庫”だった。ずらりと並ぶ銃などの武器は、日本の刑務所では考えられない強力なものばかり。
この刑務所は受刑者の暴動だけではなく、外部勢力の襲撃にも備えている。戦場レベルの最高の警備・警戒態勢がとられているという。1000人の警備員と600人の兵士が配置されている。「少しでも必要があればためらわずに発砲するよう命じられている」ということだ。
「テロリスト監禁センター」の定員は4万人。受刑者を収監する建物は8つあり、基本的にはそれぞれが同じ作りだという。私たちはそのうちの1つに案内された。
まず目につくのが武装した警察官や兵士たちだが、全員が顔を隠している。万が一、この場所で働いていることが外部のギャングに知られ、危害を加えられることを恐れているのだろう。
取材に同行してくれたエルサルバドル人の通訳とドライバーも緊張しているように見える。
受刑者の厳しい視線 事前に「本当に、本当に危険」と警告
建物の中に入ると、思った以上に明るくて広い。
それぞれの監房には100人近くの受刑者がいるようだ。全員が同じ白いTシャツを着ていて、髪は丸刈りだ。顔や体にギャングとの関係を示すタトゥーがある。様々な年齢の受刑者がいるが、20代くらいの若い世代が多い。
多くの受刑者が腕組みをして黙ってこちらを見ている。睨みつけているような厳しい視線を感じ、居心地が悪い。受刑者たちは、私たちが来ることを知らされていたようだ。
広報担当者は「受刑者同士の会話は禁止されていない」という。とはいえ、自由に会話できる雰囲気でないことは明らかだ。
どの監房の前に行っても同じような景色が広がっている。「こんな映画をどこかで見たことがあるような気がする」と感じた。
監房から1メートルくらいのところに黄色い線が引かれている。「受刑者は本当に、本当に危険だから、絶対に線を越えるな」と事前に警告されたことを思い出した。
政府の説明によると、受刑者は全員がギャングのメンバーで殺人や誘拐など複数の重大犯罪に関与した者ばかりだという。
監房にはほとんど物がない。金属製の棚のような“ベッド”があるだけだ。就寝時間も照明が消されることはなく、枕やマットレスの使用も認められていないということだ。
食事はプラスチックの容器に入れられて提供される。ナイフやフォークは凶器になりうるので、手づかみで食べる決まりになっている。
原則として肉などが提供されることはなく、単調なメニューが繰り返される。生きていくために必要な最小限の栄養のみ補給できるよう計算されているという。
“人権よりも安全優先” 受刑者は高い人口密度で24時間過ごす
全てにおいて「人権よりも安全を優先する」というスタンスが徹底されている。人口密度はかなり高いが、受刑者は基本的に24時間この場所で過ごすという。
この受刑者たちは「出所しない前提」で収監されているという。つまり、彼らはこれから残りの人生をこの場所で過ごすということだ。だから通常の刑務所で行われる“矯正教育”も行われない。
安全が優先のため、受刑者が労働に従事することもない。ただ、この場所で生かされ続けるだけの状態が延々と続くことになる。
「500件以上の罪を犯した」受刑者へのインタビューは担当者に打ち切られ
私たちは特別に受刑者のインタビューを許可された。別室に向かうと、その受刑者はすでに椅子に座って待っていた。年齢は40代から50代に見える。年齢も名前も教えてはもらえなかったが、ギャングらグループの元幹部だという。
まず、このインタビューが本人の意思に反したものではないか、受刑者に確認した。彼は「なぜそんなことを聞くのだろう」という表情で「まったく問題ない」と答えた。
ーーあなたはなぜ服役しているのですか?
「殺人・強盗・テロなどたくさんの罪を犯したからだ」
ーー何件の殺人に関わりましたか?
「わからない。2012年からの10年間で500件以上の罪を犯した」
ーーあなたの刑期は?
「期間は確定していない。神さまがお決めになることだ」
淡々と答える様子を見る限り、凶悪犯罪に関わった人物には見えない。
ただ、こちらを見定めるような目つきには、何とも言えない鋭さがある。
ーーここはどんな刑務所ですか?
「厳格な規律と厳しい服従を求められる刑務所だ。5つ星のホテルではない。自分の行動の結果なので仕方がないことではあるが、本当はここにはいたくない」
ーー待遇を改善してほしいと思いますか?
「もう少し運動をしたり体を動かしたりする機会はほしい」
ーー犯罪に関わったことを後悔していますか?
「後悔している。正直なところ、社会に対しても自分の家族に対しても、申し訳ないことをしたと思っている」
ーー外部の若い世代に伝えたいことは?
「エルサルバドルの若者やギャングに入りたいと思っている人に私が言えること…。ギャングに興味があったとしても関わらない方がいい。私は少年時代に、多くの間違いを犯した。その結果、日の当たらないような場所に閉じ込められて暮らすようになった。私は拘束され、神の裁きをうけ、法の定めに従わなければならない。子どもたちには、ギャングの勧誘に応えるな、あらゆる犯罪への誘惑に負けるなと言いたい」
インタビューは担当者によって、ここで打ち切られてしまった。周りの刑務官の監視下の会話だったので、どこまで本音か分からない。ただ、考えながら自分の言葉で話している雰囲気は感じられた。
受刑者がいる施設に滞在したのは30分程度、外に出ると急に疲労を感じた。監房は清潔に保たれていたが、プライバシーのない無機質な空間だ。出所の当てもない受刑者たちが何を考えて生きているのか。想像することさえ難しい。
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