今月、ニューヨーク・マンハッタンの路上で起きた射殺事件。大手保険会社「ユナイテッドヘルスケア」のトンプソンCEOが死亡し、大きな衝撃が広がった。拘束されたのは、ルイジ・マンジオーネ容疑者(26)。アメリカメディアによると、裕福な家庭出身の、いわばエリートだった。
【映像】射殺されたトンプソンCEO、マンジオーネ容疑者
押収されたのは、患者の治療よりも利益を優先する保険業界を批判する文書。さらにCNNなど現地メディアによると、薬莢には保険業界でよく使われるとされる、「拒否」「防御」「追放・証言」の単語が書かれていたという。すると驚くことに、「殺したこと自体は非難されるべきだが、彼は我々のヒーローだ」「彼も射殺した殺人犯だが、治療を奪うことで数千人を殺した人も同じだ」など、容疑者を英雄視する声が上がったのだ。さらに、容疑者の弁護費用を集めようというオンライン募金活動や、容疑者に関連するオリジナルグッズ販売も。
なぜここまで“ダークヒーロー化”したのか。『ABEMA Prime』で議論した。
■町山氏が指摘する保険会社への“当然の怒り”
米カリフォルニア在住のコラムニスト・映画評論家の町山智浩氏は、アメリカの医療保険制度の課題を指摘する。以前、既往症がある人や支払い能力がない人は保険会社に拒否され、保険に加入できなかった。2014年に「オバマケア」がスタートして全国民に加入を義務付けたが、加入できても保険金が支払われない事例が多発した。
「健康診断を受けてこなかったあなたの責任」「必要以上に高い機器を使って手術した」など、なんだかんだ理由をつけて支払い拒否。それゆえ、保険会社への怒りは、思想や属性に関係なく大多数のアメリカ人が“当然”抱くものだという。なお、拒否率は全保険会社平均の17%に対し、ユナイテッドヘルスケアは32%だった(出典:米世論調査会社「KFF」「ValuePenguin」)。
契約に支払い条件は明記されていないのか。町山氏は「契約には段階があって、たくさん保険料を払えばたぶん支払ってくれる。1世帯平均で払っている年間保険料は約2万5000ドル(約380万円)と言われているが、この値段はあまり良い保険ではない。中には個人負担料が決められていて、僕は今100万円ぐらいにしているが、“その金額までなら自分で支払う”ということで、月々の支払額が減る。負担を減らそうとすると支払いを拒否されるという事態になっている」と述べた。
パックンは「アメリカは元々、高齢者向けの国策でメディケアという保険制度がある。民間保険から、高齢者になったらほとんど全員がそれにシフトする。今65歳以上が対象だが、来年には64歳、その次は63歳と徐々に下げて、ゆくゆくは0歳から入れるようにしようという案が昔からあった。これはみんなが賛成するはずだが、既得権益が阻止する。メディケアは政治献金できないから、それを受ける側の政治家たちも改革に前向きにならない。政治献金制度を変えないと何も進まない」と指摘。
町山氏は「政治献金が莫大で、例えばトランプさんやバイデンさんが毎年500万ドルぐらいを受けている。議員たちもみんなそうで、保険会社のロビー活動というのは巨大だ。メディケアを拡大していこうと主張しているのは、バーニー・サンダースという民主党の議員。彼に献金する人はいないわけで、やはり議会ではなかなか進まない」とした。
■パックン「“アウトロー”を応援する国民性」「模倣犯を誘発する懸念」
一部SNS上では、容疑者を「左派・半資本社会主義の革命家」と想像する声がある。しかし、容疑者の過去のネット投稿や犯行声明文等から読み取れるのは「医療保険業界」への不満で、政治的思想があるわけではないようにも思える(米メディア報道から番組まとめ)。
米SNS調査会社Network Contagion Research Instituteの分析によると、殺害に肯定的だったり被害者の誹謗中傷が上位にあったほか、投稿に「さぁ始めようか」といった記述も多数あるなど、ムーブメントの始まりを示唆する向きもあるという。また、ほかの企業関係者に警戒を促す投稿も見られたそうだ。
パックンは「アメリカの国民性として“アウトロー”を応援する。ハリウッド映画を分析すると、例えば警察官が主人公であっても、まず何か問題を起こして、バッジと銃を置いて休みをとってという、反体制的な立場からヒーローになるわけだ。ストレートヒーローがほとんどいない。それがされに拗れ、ジェフリー・ダーマーという殺人鬼の実話がドラマ化されてかっこいいとなる風習が今はある。常識に挑戦することはイノベーションに繋がる一方で、反体制、反常識、反治安的な思想にも繋がる」と懸念を示す。
暴力に訴える手段について、町山氏は多くのアメリカ国民も「もっと良い方法があったのでは」と思っている一方、「その手段を取らざるを得ないほど追い込まれていたこと」への共感はある、との見方を示す。議会が動かないことによる政治への無力感、SNSで声をあげても起業が動かない社会運動への失望も背景にあるとみられる。
パックンは「保険制度改革が必要なのは間違いなく、共感されるのもわからなくはない。ただ、事件の後に取り上げると、模倣犯を誘発する懸念がある。安倍元総理銃撃事件で旧統一教会がすごく叩かれた時、結局は犯人の思惑どおりに社会が動いているなと感じた。“次は財務長官を殺せば税制が改革されるかもしれない”と思って、同じように踏み出す人がいたらどうするのか。事件が起きる前からこうした問題を取り上げ、メディアが先陣を切って解決に取り組まなければならない」と訴える。
町山氏は「きっかけ事件だったとしても、これは本当に存在する問題であり、解決すべきことだ」とした上で、「政治家もそれを拾わないと支持を得られない。民主党は今追い詰められているので、保険制度改革を1つのイシューにして、前面に出していくのではないか。これまで支払い拒否に関する議論はきちんとされてこなかったので、今度はやらざるを得ないだろうと思う」との見方を示した。(『ABEMA Prime』より)
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