ケニアの首都ナイロビのごみ集積所でプラスチックを回収する男性 AP/AFLO
<今や海洋ごみの80%を占めるプラスチックごみ、廃棄量もガス排出も減らせる「4つの政策的アプローチ」とは>
サンフランシスコから車で約1時間の所にある人口約6万人の町、米カリフォルニア州ペタルーマ。この夏、町の中心部に大きな紫色のゴミ箱が姿を現した。上部にテイクアウト用のドリンクカップがぴったりはまる穴が開いている。
時を同じくして町の中心部にあるレストランやカフェなど約30軒では、同じ紫色の使い捨てではない丈夫なカップを使ったテイクアウト用ドリンクの提供が始まった。いずれも「ペタルーマ・リユーザブルカップ(Petaluma Reusable Cup Project)」という活動の一環だ。
ペタルーマの飲食店では再利用できるカップでテイクアウト用ドリンクを提供する実証実験で成果が KELLYANN PETRY/COURTESY OF CLOSED LOOP PARTNERS
これはアメリカ初の実証実験で、目的は何度も使えるテイクアウト用カップの利用拡大と使い捨てプラスチック製品の削減だ。使い捨てされたプラスチック製品はごみになったり、川の流れをせき止めたり、海洋生物の命を奪ったり、往々にして人間の健康を脅かす要因になっている。
「人類の未来と、社会全体で使っているプラスチックの量の多さに懸念を抱いている人はたくさんいる。行動を起こせば、そうした不安に対処できる」と、ペタルーマ市職員のパトリック・カーターは本誌に語った。
この実証実験は3カ月間行われ、関係者によれば延べ20万個のカップが回収・洗浄され、滅菌処理された上で各店舗に戻され、リユース(再利用)された。
「集まったデータから見て、今回の実験は成功だったと言える」と語るのは、今回の実証実験の仕掛け人の1人ケイト・デイリーだ。デイリーは投資会社クローズド・ループ・パートナーズ(Closed Loop Partners)でサーキュラー・エコノミー(循環型経済)を担当している。
海洋ごみのプラスチックネットに閉じ込められたペンギン TSVIBRAV/ISTOCKもちろん、カップをリユースしさえすればプラスチックごみの問題を解決できると思っている人はいない。それでもプラスチック容器のリユースは、先ごろ韓国の釜山で開催された国際プラスチック条約の策定に向けた政府間交渉でも、プラごみ削減策の1つとして検討された。
「この条約は非常に重要だ。困惑や絶望ではなく解決への機運を高めるような形で、プラスチック汚染やプラごみの問題に人々の関心を集められる」とデイリーは述べた。
世界自然保護基金(WWF)が2021年に行った調査によれば、アメリカ人の72%はプラごみによる海洋汚染を問題視しており、81%はプラスチック製品のさらなるリサイクルやリユースに意欲的だった。
だがその一方で、適切なリサイクルサービスを使える状況にないと答えた人も7人に1人に上った。
製造量の3分の1が使い捨て
国際プラスチック条約の策定プロセスが始まってから2年、リユースの規模拡大やリサイクルのシステムの改善、プラごみの移転を防ぐ方法などに関する研究も勢いづいている。
本誌が話を聞いた企業や学界、非営利団体の指導者たちは異口同音に、プラスチック産業の在り方を変え、プラスチックのサーキュラー・エコノミーを実現できるようなシステムを立ち上げる「一生に一度」あるかないかの機会だと語った。
サンフランシスコのリサイクル施設 JUSTIN SULLIVAN/GETTY IMAGES人類によるプラスチックの使用量およびプラごみの量を正確につかむのは難しい。20年に発表されたある推計によれば、これまでに製造されたプラスチックの総重量は地球上の動物全ての重さの2倍になるという。
国連環境計画(UNEP)の試算では、世界で1年間に製造されるプラスチックのうち、包装資材やボトルや袋など使い捨てされる製品が占める割合は実に3分の1。それが大量のごみとなって川や海に流れ込むわけだが、数十年、下手をすれば数百年も分解されずに残ってしまう。
国際自然保護連合(IUCN)は、海に流れ込むプラスチックの量が年に1400万トンに上るとみている。これは海洋ごみの80%に相当する。
海の食物連鎖を揺るがす危機
カリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)のダグラス・マッコーリー教授(海洋学)が問題の深刻さを悟ったのは、太平洋のはるか沖の島々で海鳥の巣からプラごみを採集した時だった。
「プラスチック汚染は海の新たな癌と言えるほどに深刻化していると思う」とマッコーリーは述べた。「クジラたちはプランクトンと一緒に、1日に何百万粒ものマイクロプラスチックをのみ込んでいる」
大型動物への影響もさることながら、マッコーリーが懸念しているのは、海の食物連鎖の一番下にいる小さな海洋生物への影響だ。
「食物連鎖の土台部分が失われたらどうなるか見当もつかない。そうした生き物がマイクロプラスチックやナノプラスチックの影響を受けているのはほぼ間違いない」と彼は言う。「海の未来は危機に瀕していると言っても過言ではないと思う」
横浜の店舗のドリンクコーナーには大量のペットボトル飲料が並ぶ AP/AFLO危機に瀕しているのは海だけではない。プラスチックの製造は気候にも大きな影響を及ぼしている。
プラスチックの多くは石油化学製品から作られ、その過程で大気中に温室効果ガスが排出される。米エネルギー省のローレンス・バークレー国立研究所の研究によれば、主要な種類のプラスチックポリマーの製造により排出される温室効果ガスは、世界の総排出量の5%を占め、航空業界の排出量を上回る。
さらに、人体への影響を指摘する研究も増え続けている。
「海洋プラスチックを目にしても、人間の健康への影響はないと人々は考えている」。そう本誌に語るのは、ニューヨーク大学医学大学院小児科教授で、同大学ランゴン医療センター環境有害物質研究所長のレオナルド・トラサンデだ。
トラサンデら専門家の多くの研究によれば、一部のプラスチックに使用されている化学物質のフタル酸塩やビスフェノールは、幅広い健康問題と関連している。例えば、児童の発達障害、肥満や糖尿病だ。
「これらの化学物質はごく限られた種類を見ても、人間の健康に悪影響を与えることを示す有力な証拠がある。つまり、いま分かっているよりも重大な問題が存在するのかもしれない」と、トラサンデは話す。
一方で「大きな変化」も起きているという。きっかけは、22年に国連環境総会が国際プラスチック条約に向けた政府間交渉委員会の設置を採択して以来、議論の範囲が単なる廃棄物削減から人間の健康リスクなどへと拡大していることだ。
ビニール袋が絡み付いたカメ JAG_CZ/ISTOCKUCSBのマッコーリーも同様の見方をしている。政府間交渉が継続するなか、いくつかの国やアメリカの州・都市レベルでの成功例を、プラごみ危機の深刻さと釣り合う国際規模の取り組みに押し上げる可能性について「慎重ながらも楽観的」だと言う。「世界的な問題なのだから、世界的な解決策が必要だ」
マッコーリーと同僚らは、国際プラスチック条約をめぐる交渉で検討中の対策をさまざまに組み合わせて、削減可能な廃棄量を予測する機械学習モデルを開発している。
「これまでに判明したのは、特効薬はないということだ」と、UCSBベニオフ海洋科学研究所で海洋生態系保護活動を担当するニール・ネイサンは言う。「一貫性のある政策セットが求められている」
マッコーリーらは今年11月、カリフォルニア大学バークレー校の科学者との共同研究を米学術誌サイエンスで発表した。
それによると、従来どおりの場合、廃棄プラスチックの年間排出量は50年までにほぼ倍増し、1億2100万トンに達する見込みだ。1年当たりの温室効果ガス排出量にプラスチック生産が占める割合は、同期間に37%増加するという。
だが、4つの政策的アプローチを組み合わせるだけで、プラスチック生産による温室効果ガス排出量を50年までに3分の1削減し、廃棄プラスチックを90%減らせる。
その4つの柱とはリサイクルの義務化、プラスチック製包装への課税、廃棄物管理・リサイクルインフラへの投資、新規プラスチックの生産量を20年当時に抑える合意だ。
プラスチックの成形に使われる樹脂ペレット AYDINMUTLU/ISTOCK自動車の省エネ化や救急医療製品に欠かせないプラスチックは「誰もが知っているように、有益性の高い素材だ」と、マッコーリーは話す。「だが使用時間が35秒間で、自然分解されるのに350年かかるストローの製造は、社会と経済におけるプラスチックの最も重要な目的ではない」
「システムは現在破綻している」
エリン・サイモンは長年、プラスチックを扱う企業と環境団体のパートナーシップ構築に力を注いできた。米電機メーカー、ヒューレット・パッカード(HP)の元パッケージングエンジニアとして企業側の立場に身を置いた経験があり、現在は企業とのパイプを活用して、WWF副会長兼「プラスチック廃棄物とビジネス」担当責任者を務めている。
「管理しきれない量のプラスチックが既に存在している」と、サイモンは本誌に語る。現在のペースで続ければ、プラスチック生産は40年までに倍増すると、産業アナリストは予測しているという。
エリン・サイモンが登壇したニューズウィークのイベント
WWFなどが主導して発足した国際プラスチック条約企業連合には、条約締結を求める約250の関連企業や金融機関、活動団体が参加している。プラスチック廃棄物の削減目標は、自助努力だけで達成できないと企業は認識していると、サイモンは言う。
「数多くの企業が、再生プラスチック利用や製品リサイクルを約束している。だがインフラや政策、回収システムが存在しなければ、実行するのは非常に困難だ」
国際的な条約があれば、リサイクルへの資金提供が増加し、プラスチック製品のユニバーサルデザイン化や問題のある材料の排除を実現できると、サイモンは指摘する。いずれも、プラスチックの再生利用を促す上で重要な取り組みだ。
「リサイクルシステムが機能する必要があるが、システムは現在、破綻している」
米環境保護庁(EPA)によれば、ポリエチレンテレフタレート(PET)や高密度ポリエチレン製のボトルなど、一部の容器の再生利用率は30%に迫っている。とはいえ、プラスチック全体では9%未満だ。
「循環再利用のシステムは破綻しているのでなく、成長段階にあると言いたい」。プラスチック包装のバリューチェーン(価値連鎖)に関わる企業や政府機関、NGOが参加する米国プラスチック協定のジョナサン・クインCEOはそう語る。同協定が目指すのは、プラスチックのサーキュラー・エコノミー移行だ。
「何年も前に再利用システムが計画された頃とは課題が違う」。クインはプラスチック業界の第2世代で、父親はプラスチック包装業に従事し、妻とは業界のイベントで出会った。「業界中心の人生だ」
前の世代の過ちを正すのも自分の仕事だと彼は考えている。「父はプラスチック包装の環境への影響を気にしたことなどなかった」
今年6月、同協定は新たに「ロードマップ2.0」を発表、30年までにプラごみ削減・リサイクル率向上を目指す。冒頭のペタルーマのような再利用イニシアチブが、再利用・再生・堆肥化可能な包装を奨励する設計とともに重要な戦略であることを浮き彫りにするものだ。
協定の参加企業や団体は「問題のあるプラスチック」を一掃したがってもいる。プラスチック製のストローやマドラー、健康を脅かす恐れのある化学物質やリサイクルや堆肥化をしにくくする多くの化学物質などだ。
クインによれば、それらの対策は再生材含有率の有意義な要件とともに、プラスチックのリサイクルの負担を軽減できる。その経済的シフトがプラごみのリサイクルと削減を後押しするカギだという。
「採算が取れるようにするにはプラごみに含まれる再生材のコストを元のコストに近くする必要がある」
業界側が約束する再生材含有率と実際の含有率とのギャップに世間の信用は低下している。リサイクルなどを行うNPO「キープ・アメリカ・ビューティフル(Keep America Beautiful)」が調査会社ハリスポールに委託した調査では、アメリカ人のリサイクル評価はABCDFの5段階評価で63%がC、22%がDかFだった。
企業に対する訴訟が相次ぐ
信用低下を機にプラスチックのバリューチェーン内の企業に対する訴訟が相次いだ。ニューヨーク州のレティシャ・ジェームズ司法長官は昨年、飲料・食品大手ペプシコを、自社のプラスチック汚染対策について消費者に誤解を与える情報発信を繰り返したとして提訴。
「常に再生材をサーキュラー・エコノミーに組み込み、包装に使う価値ある材料が確実に再生・再利用されるようにする」との同社の説明とは裏腹に、食品包装の多くはリサイクルできず、ペットボトルがリサイクルできる回数にも限度があると主張した。
同州の提訴は今年11月に棄却されたが、今度はカリフォルニア州ロサンゼルス郡が、包装のリサイクル可能性について消費者の誤解を招いたとしてペプシコとコカ・コーラを提訴した(両社は郡の主張を否定している)。
ペプシコは本誌への声明でプラスチック削減と有効なリサイクルに「今後も真剣に取り組む」とコメント。
「主要各社と連携し、賢明な回収策の促進、リサイクルインフラの改善、リサイクルの重要性についての消費者の意識向上、廃棄物削減とプラスチック汚染の革新的解決方法の模索に重点的に取り組むパートナーシップの確立を目指す」という。
9月、カリフォルニア州のロブ・ボンタ司法長官は、石油大手エクソン・モービル(Exxon Mobil)が熱分解と呼ばれる処理によってプラスチックを分解する「先端リサイクル」を推進しているという「偽りのキャンペーン」を行っているとして同社を提訴。
エクソン・モービル側は本誌への声明で「郡は当社を提訴するのではなく、問題を解決しプラスチック廃棄物を出さないよう当社と協力できたはずだ」と反論した。
再生システムの「再起動」を
これらの訴訟は企業が解決への取り組みを強化するモチベーションになる可能性が高いと、約30年の歴史を持つプラスチックリサイクル業者協会のケイト・ベイリー最高政策責任者(CPO)はみている。
「訴訟は常に懸念材料だが実は世論の圧力にすぎない。一般市民はあらゆる意味でプラスチックに憤り、企業はさまざまな方法で対応している」
この道20年のベイリーはプラスチックのリサイクルが破綻しているとは考えていない。「プラスチックのリサイクルは常に全米各地で機能している。ただ、はるかにうまく機能する必要がある」。プラスチック全体のリサイクル率は低迷中で「再起動が必要」だという。
ベイリーによれば、プラスチックの場合はリサイクルできない物を消費者が回収容器に入れる「ウィッシュサイクリング(Wish-cycling)」もネックになっている。そこで製品設計を工夫する。「消費者に責任を負わせるわけにはいかない。何がリサイクル可能なのかも分かりにくすぎる」
国連の条約はプラスチック製品設計の国際ルールを「調和」させるチャンスだとベイリーは言う。拡大生産者責任(EPR)はペタルーマの試みのようなリサイクル、廃棄された製品の適正な管理・補充プログラムのコストを生産者に移転する一助になるという。
クイン同様、再生プラスチックのコストを新規の製品並みに抑えることも訴えている。
「国際プラスチック条約締結を目指す国連の取り組みは、プラスチックの管理・消費・処理の転換点。数年後にはあれが大きな節目だったと気付くことになると思う」
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