12月12日のテレビ演説で非常戒厳は正当な措置だったと訴える尹大統領 KIM JAE-HWANーSOPA IMAGESーREUTERS
<謝罪から一転、野党による政治運営妨害を「国民に知らしめたかっただけ」と言い始めたクーデター大統領は今後どうなる?>
二転、三転。韓国大統領・尹錫悦(ユン・ソンニョル)の発言は大きく揺れたが、ついに14日の国会で弾劾訴追議案が可決された。与党から少なくとも12人が造反して賛成票を投じた結果だ。
■【尹大統領独占インタビュー】戒厳令48日前に見せた焦り...「私にはもう十分な時間がない」
12月12日、尹は国民に向けてテレビ演説を行った。4日未明に「非常戒厳」の解除を発表し、7日に「謝罪」を口にして以来のことだが、今度は戒厳宣布の責任を全面的に最大野党の「共に民主党」に押し付けてみせた。
7日の謝罪スピーチは2分に満たなかったが、今回は30分近い大演説。しかも「戒厳宣布を内乱呼ばわりする最大野党の行為は狂乱の剣舞」だと非難し、「国政を麻痺させ国の憲法に背いているのはどちらか」と国民に問いかけた。
7日の謝罪は1回目の弾劾採決を数時間後に控えて行われたもので、国政の安定を最優先して今後のことは全て与党「国民の力」に一任すると述べ、任期途中の退陣もほのめかしていた。
しかし同日の採決では与党議員が一斉に退席し、規定により弾劾は廃案となった。翌8日、国民の力の韓東勲(ハン・ドンフン)代表は党の方針を発表。数カ月以内に尹を「秩序ある早期退任」に導くと約束し、それまでは党と首相が大統領に代わって国政を担うと述べた。
だが12日の演説で尹は辞任を否定。非常戒厳の宣布は「統治行為」であり「司法審査の対象にはならない」とし、自らを内乱の「首謀者」とする野党の主張に反論した。その前日には与党重鎮の尹相鉉も、尹による戒厳宣布は政治の行為だから処罰の対象になり得ないと論じていた。
全斗煥大統領(当時)は1980年に戒厳令を発動した KAKU KURITAーGAMMA-RAPHO/GETTY IMAGESしかし過去には韓国の大統領が内乱などの罪に問われ、有罪となった例がある。
1979年12月に軍事クーデターで権力を掌握し、80年から88年にかけて大統領を務めた全斗煥(チョン・ドゥファン)は、後に内乱などの罪に問われて終身刑を宣告された。公判で焦点となったのは、80年5月に戒厳令拡大を発動した行為だった。
韓国の最高裁で全の終身刑が確定したのは97年のこと。武力を用いて権力の座に就いた者、あるいは非民主的な手段で憲法機関の権限行使を妨げた者を処罰する最高裁の権限が確認された形だった。
「共に民主党」非難に終始
特筆すべきは、全が反乱の「首謀者」として罪に問われたことだ。検察は今回、尹についても同じ容疑で捜査を進めている。
最高裁の前例に照らすと、尹が内乱罪で処罰される可能性は高い。こうしたなか、尹は12日の演説で、最大野党の「共に民主党」こそ一貫して憲政を覆そうと画策していると非難。国政が彼らの手に渡れば韓国は崩壊するだろうと次のように警告した。
「彼らが大統領の座に就けば、わが国の安全保障と経済の基盤である韓米同盟と韓米日協力が再び崩壊することになるだろう。北朝鮮は核・ミサイル能力をさらに発展させ、われわれの命を脅かすだろう。そうなれば、この国の未来はどうなるのか」
共に民主党が政権に復帰したら経済に打撃をもたらし、半導体産業や原子力産業が破滅するだろう。憲法違反の法律を次々と成立させるだろう。中国製の太陽光発電施設によって国中の森林が破壊され、組織犯罪がはびこり、将来の世代は破滅するだろう。尹はそうも述べた。
国民の力の韓代表は大統領の職権を停止するには弾劾しかないと主張 KIM KYUNG-HOONーREUTERSさらに尹は、共に民主党が過去2年半にわたって自分を大統領の座から引きずり降ろそうとしてきたと非難。彼らは2022年の大統領選の結果を受け入れていないと語った(22年の大統領選では尹が野党・共に民主党の李在明代表を下しているが、その差はわずか0.7ポイントだった)。
尹は12日の演説で、共に民主党が率いた前政権の統治を強く非難したが、自身の支持率が低迷し、24年4月の総選挙で野党勢力が有権者の圧倒的支持を得た事実には言及しなかった。
代わりに尹は、右翼の活動家らが唱えている根拠のない主張を繰り返し、いわゆる反国家勢力や親北朝鮮勢力が選挙結果を操作したと主張。
共に民主党が選挙を「盗んだ」とまでは言わなかったものの、中央選挙管理委員会(選管)のコンピューターシステムが極めて脆弱で、国家情報院の職員なら簡単にハッキングできたと主張し、総選挙の結果に疑問を投げかけた。
尹によれば、23年後半には韓国の複数の政府機関や関連施設が北朝鮮によるハッキングを受けており、それら機関の大半は国家情報院による立ち入り検査を受け入れたが、中央選管だけはなぜか立ち入りを拒んだと主張した。
これを受けて中央選管は直ちに反論、尹は事実をゆがめているとした。また22年の大統領選や地方選挙でも同じシステムが使われたが、そのときは尹と与党・国民の力が勝利していると指摘。
さらに、戒厳令で動員された軍の部隊が4日未明に選管の施設に不法侵入したとも非難している(現地メディアによれば、彼らは携帯電話でサーバーなどの写真を撮ったという)。
ソウル市内では一般市民がK-POPのヒット曲に合わせて与党に抗議した DANIEL CENGーANADOLU/GETTY IMAGES根拠のない主張を展開
どうやら尹は、24年総選挙で野党が勝ったのは不正工作の結果だと言いたいらしい。彼の思考回路では、共に民主党ごときに自分の党が負けるはずはないのだろう。
韓国では以前から、極右の過激派が期日前投票での不正を指弾してきた。しかし、そうした議論はごく一部の陰謀論者の言説にすぎず、現時点で中央選管や期日前投票での不正を裏付ける証拠は見つかっていない。
尹が内乱罪で有罪判決を受けるかどうかの判断でカギを握るのは、非常戒厳を宣布した際に尹自身が軍の司令官に対して、議員らの議事堂進入を阻止し、本会議場から引きずり出すよう命じていたかどうかという点だ。
この点について尹は、もし自分がそうした行為に出ていれば、国会で戒厳令の解除要求決議が可決されることはなかったはずだと主張。さらに、本気でクーデターによる権力掌握を考えていたとすれば、(週の初めではなく)週末のうちに戒厳令を宣布していたはずだとも自己弁護した。
しかし事実として、警官隊は一部議員の入場を阻んでいるし、戒厳軍の部隊も議事堂に突入している。
陸軍特殊戦司令官の職務を停止された郭種根(クァク・チョングン)は、尹から2回電話があり、ドアを壊して本会議場にいる議員を外に連れ出すよう指示されたと証言している。
その時点では、議場に赴いた議員がまだ定足数に達しておらず、戒厳令解除の採決を行う準備は整っていなかった。
国家情報院の第1次長だった洪壮源(ホン・ジャンウォン)も、尹から「この機会に奴ら(共に民主党の議員ら)をそっくり引っ捕らえろ」と命じられたという。
尹によれば、国会を無理やり解散させる意図はなかった。ただ共に民主党が過半数を握る国会が自身の政治運営を妨害している現実を、その深刻さを国民に知らしめるための戒厳令だったという。
その証拠として、国会と中央選管への配備を命じたのは300人足らずの部隊だったこと、国会に軍を差し向けるタイミングも遅かったこと、国会で戒厳令解除の決議が可決された後、直ちに軍を撤退させたことを挙げた。
だが解除決議の採択から尹が戒厳令の解除を発表するまでには3時間を要している。尹の言うとおりなら、即刻解除できていたはずだ。
過去の例を見れば分かるが、本気の戒厳令なら数万人規模の軍隊と事前の入念な根回しが必要だとも尹は述べた。本格的な非常戒厳ではなかった証拠に、自分は国防相の金龍顕(キム・ヨンヒョン)としか協議していないとも訴えている。
ちなみに戒厳令の解除後に辞任した金は職権乱用と内乱を主導した容疑で逮捕され、12月10日の晩に拘置所内で自殺を図った。しかし職員に見つかって果たせず、現在に至っている。
大統領というより容疑者
12月12日のテレビ演説で尹が語った内容は、一連の事態に関与した主要人物の証言と真っ向から対立している。捜査は今なお継続中であり、この日の発言は大統領の演説というより、重大犯罪の容疑者がかたくなに容疑を否認したものと見なすのが妥当だ。
国家警察庁の国家捜査局は、内乱容疑で尹に対する捜査を開始した。しかし大統領府は11日、当局からの捜索・押収の要請に応じることを大統領権限で拒否している。
司法当局の捜査にも大統領の権限停止を試みる国会の動きにも、尹は徹底抗戦する構えを見せている。仮にも大統領の地位を剝奪されれば、自身や側近に対する刑事訴追を阻止するさまざまな権限も失うことになるからだ。
尹の演説を受け、与党の韓代表は記者会見で、尹が12月7日に行った約束を翻したのは遺憾だと表明。事態を打開する方策を見いだそうと努めてきたが、尹の大統領としての職務権限を停止するには弾劾しかないという考えに至ったと述べた。
韓が弾劾に賛成する意向を公式に表明したことで、韓に近い議員らの間では14日の弾劾投票で賛成票を投じる機運が高まり、尹のテレビ演説を待たずに、既に5人の与党議員が賛成の意向を示していた。与党から8人以上が賛成し、野党が一致団結していれば弾劾は成立する。
弾劾への賛否をめぐっては、与党内の意見が割れていた。それは直近の党内人事からも見て取れる。12日には尹派の重鎮である権性東(クォン・ソンドン)が院内代表に選出された。1回目の弾劾採決で前任者の秋慶鎬(チュ・ギョンホ)がそうしたように、権もまた与党議員に一斉退席を命じる可能性があった。
一方、野党・共に民主党は尹の演説を「妄想の極みであり、国民に対する宣戦布告」だと非難し、一刻も早い尹の逮捕を求めていた。
12日の演説で、尹は「国民と共に」最後まで戦うと強気の姿勢を見せた。その国民の75%は彼の即刻弾劾を支持し、支持率は(13日発表のギャラップ世論調査で)11%まで沈んでいた。
◇ ◇ ◇14日の弾劾訴追案をめぐる国会の投票結果は、賛成204、反対85、棄権3、無効8だった。今後は180日以内に憲法裁判所が弾劾訴追の可否を判断し、弾劾を認めれば60日以内に大統領選が行われる。尹の大統領としての職務は停止され、韓悳洙(ハン・ドクス)首相が権限を代行する。
From thediplomat.com
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