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<非ロシア系住民や囚人を激戦地に、プーチンがひそかに進める国内の「民族浄化」。ロシアに連れ去られ成長して、ロシア軍に徴兵されたウクライナ人の少年も...>

いま世界で最も陰鬱な場所の1つは、ロシア南部の街ロストフナドヌーだろう。ロシア軍のウクライナ侵攻を後方支援する補給基地があるだけでなく、戦場で犠牲になったロシア兵の遺体が集まる場所でもあるからだ。

巨大な遺体安置所は数百体を収容できるが、もう何カ月も絶望的なパンク状態にある。ソーシャルメディアに流出した内部映像では、さまざまな腐敗段階にある数百の遺体が廊下に放置されている。


壁沿いには天井まで棺が積み上げられているが、そこに納められた遺体は幸運だ。戦場で回収され、身元が特定され、棺に入れられ、遠く離れた故郷の家族に送り返してもらえるのだから。

ロストフナドヌーに運ばれることもなく、ウクライナの大地で朽ち果てる遺体は無数にある。

確かに彼らは、ロシアによる不当な侵攻の実行部隊であり、ウクライナが自衛権という当然の権利を行使した結果、命を落とした。また、ロシア兵の多くが、民間人を含むウクライナの人々に対して筆舌に尽くし難い狼藉を働いたことも知られている。

ただ、ロシア兵が命を落とすペースが、ウクライナ兵のそれを著しく上回っていることは、ロシア側における2つの大きな問題点を浮き彫りにしている。すなわち兵士の使い方における著しい人命軽視と、その人種的な偏りだ。

事実上プーチンの使い捨てにされたプリゴジンの死を追悼する即席の献花台(24年6月) ULF MAUDERーPICTURE ALLIANCE/GETTY IMAGES

まず、ロシア軍内部における人命軽視だが、実際その規模にはギョッとさせられる。この10月には1日の死傷者数が過去最多の推定1500人を記録した(ただし、ロシアもウクライナも正式な犠牲者数は発表していない)。

2022年2月のウクライナ侵攻開始以来のロシア兵の死者は計11万5000〜16万人で、1970年代末にソ連がアフガニスタンに侵攻したときの10倍以上だ。平均的な兵士の前線での「寿命」は、1カ月未満ともいわれる。


あまりにハイペースの死者増加に、兵士の補充が追い付かず、新兵はろくな訓練も受けないまま前線に送り込まれ、すぐに命を落とすという悪循環が生まれている。

ミートグラインダー戦術

ロシアがハイペースで失っているのは兵士だけではない。武器も、生産量(あるいは武器庫からの補給量)を大きく上回るペースで失っている。

一部の推測では、ロシア軍は10月だけで戦車、歩兵戦闘車、航空機など計500台以上を失った。第1次チェチェン紛争のグロズヌイの戦い(1994〜95年)の2倍の量だ。

当時の甚大な損失は、ロシアの軍と社会の雰囲気を著しく悪化させた。現在、ロシア最大の軍備基地の一部は空っぽで、ソ連時代の戦車や装甲車まで前線に引っ張り出されている。

ただ、ロシア兵に関しては、政治家やメディアに登場する識者、そして市民さえも、その命をひどく軽んじていて、それを隠そうともしない。

戦場に送られた兵士の帰還を求める妻たち(24年2月) GETTY IMAGES

今回のウクライナ戦争で、ロシア軍が空挺部隊や特殊部隊などのエリート部隊を大量投入して一気にケリをつける戦略から、第2次大戦中のような人海戦術に切り替えたのは、22年5月に始まったバフムートの戦いだった。

厄介な部下は前線送り

これはミートグラインダー(肉ひき器)戦術とも呼ばれ、膨大な数の兵士を前線に送り込むことで、ウクライナ軍を疲弊させるとともに、その位置をあぶり出して爆撃する。


この戦術をバフムートで採用したのは、当時ロシアの民間軍事会社ワグネルを率いていたエフゲニー・プリゴジン(23年8月に死亡)とされる。しかもプリゴジンは、この「使い捨て兵士」に、受刑者と法外な報酬を求める傭兵を充てた。

ロシアは1年間にワグネルの傭兵だけで2万人以上を犠牲にして、廃墟と化したバフムートを制圧した。以来、ミートグラインダー戦術はロシア軍全体に採用され、それとともにロシア兵の死者数は近年の軍事史上例を見ないほど膨らんでいった。

今年2月に展開されたウクライナ東部の町アウディーイウカをめぐる戦いでは、少なくとも1万6000人のロシア兵が命を落とした可能性がある。

ロシア軍の人命軽視の表れは人海戦術だけではない。ウクライナの民間人に対するレイプ、拷問、殺害、誘拐といった蛮行は世界を驚愕させてきた。捕虜となったウクライナ兵の処刑も日常的に行われている。

蛮行の矛先は、ロシア軍内にも向けられている。ソーシャルメディアには、上官の命令を拒否したり、疑問を呈したりしたために拷問を受けたり、重傷を負っているのに前線に送られたりする兵士の映像が大量に存在する。

さらに前線では、ソ連時代のような督戦隊が後方に控えていて、敵前逃亡や投降を図る兵士を射殺している。


このような状況では、自ら命を絶つロシア兵が後を絶たないと聞いても驚きではない。

ソーシャルメディアには、銃口をくわえて引き金を引く兵士の映像が大量に流布している。戦場でもっとむごい死に方をするくらいなら、このほうがましだというのだ。

しかも、犠牲となる兵士の人種に大きな偏りがあることは、ロシアではもはや公然の秘密だ。それどころか、ロシアの「優生政策」の1つであることを、ロシアの有力政治家が認めている。

アレクサンドル・ボロダイ下院議員は今年11月に報じられた流出テープで、ウクライナ軍の銃弾を枯渇させるために大量のロシア兵を戦線に送り込むことで、「社会的価値」の低い「連中を間引き」できると語った。

使い捨てにできる人的資源を、ウクライナの「最も勇敢で大胆な」兵士たちに差し出し、「敵を最大限消耗させる」のだ、と。

ボロダイは決して泡沫政治家ではない。

モスクワ出身の政治コンサルタントで、14年にロシアの後押しを受けて一方的にウクライナから独立を宣言した「ドネツク民主共和国」の首相を名乗り、現在は与党・統一ロシアに属する下院議員。

そんな大物政治家の発言は、政府の狙いを事実上追認するものだ。

ロシア国内の民族浄化

実際、ウクライナ戦争はロシアの人口構成を変えている。莫大な数の戦死者は、ブリヤート人やタタール人、トゥバ人など非ロシア系住民に著しく偏っているのだ。

政府指導部にしてみれば当然の措置とも言える。

ロシア系エリートが多く住むモスクワやサンクトペテルブルクで積極的に徴兵を行い、その多くを使い捨てにしたりすれば、体制を揺るがす政情不安をもたらしかねない。


このため、より貧しく、民族的に非ロシア系住民がより多い地方で大量の若者が戦争に取られている。

また、受刑者も前線の最も血なまぐさいエリアに続々と送られており、ロシアの刑務所は事実上空っぽだとされる。

しかも、ロシアの優生政策はミートグラインダー戦術で完了ではない。この作戦によって失われた人口を、ロシアはウクライナ人によって埋め合わせている。

今回の戦争が始まって以来、大量のウクライナ人がロシア国内に移送されている。その多くは女性と子供だ。また、ウクライナの占領地にはロシア人が続々と入植している。

ロシアに連れ去られた子供のうち数万人は、ウクライナ人としてのアイデンティティーを奪われ、「ロシア化」されている。

第2次大戦中にナチスドイツが、占領したポーランドから金髪の子供たちをドイツに連れ去って養子縁組させ、ドイツ人にした措置をまねたものであることは明らかだ。

既に成長して、ロシア軍に徴兵されたウクライナ人の少年もいる。

数字上はロシアはまだ優位にあり、その自滅的な戦略は今のところ大きな成果をもたらしている。だが、長期的には持続不可能であることは明らかで、ロシア経済への影響も考えればなおさらだ。


ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がこの賭けに確実に負けるようにするためには、ウクライナが現在以上に、欧米製の兵器でロシア国内の重要目標を攻撃できるようにすることが不可欠だ。

プーチンにとって、膨大な数の非ロシア系兵士を失うこと自体はさほど大きな痛手ではなく、むしろ好都合でもあるのだから。

From Foreign Policy Magazine

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