韓国では14日、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領に対する弾劾訴追案が可決され、大統領の権限が停止されます。韓国で44年ぶりに出された戒厳令。ユン大統領を突き動かしたのはなんだったのか、取材しました。
「ここで引いてしまうといつ終わるとも知れない戒厳が始まる」
在日コリアンで、現在は韓国で暮らすジャーナリスト、徐台教(ソ・テギョ)氏は、非常戒厳が出ると急遽国会にかけつけ、YouTubeでライブ配信した。
ジャーナリスト 徐台教(ソ・テギョ)氏
「ちょうど僕がここ来たぐらいにヘリから兵隊が降りてきたんです。ここに来た人たちは、とにかく国会に対して、軍と対峙している人に対して応援する、早く戒厳を解除せよと大きな声で訴えていた」
戒厳軍が力ずくで掌握しようとする議場に、国会議員が入ろうとすることには理由がある。
ジャーナリスト 徐台教氏
「非常戒厳を解除する決議案というのは、国会で過半数が賛成した時に、可決した時に解除できる。それが唯一の解除方法なわけですよね。大統領が解除するか」
野党の議員が国会に到着するまでの間、秘書らが体を張って軍の侵入を防いだ。
野党院内代表秘書 チェ・ミョンソク氏
「戒厳軍は事務室の窓を割ってすぐに国会内へ侵入してきました。我々国会スタッフは何としても、本会議場への侵入だけは防がねばという気持ちで守りました」
最大野党の代表は国会に向かう途中、自身のSNSで、国民に呼びかけた。
野党「共に民主党」李在明(イ・ジェミョン) 代表
「私たちも命をかけて、この国の民主主義を必ず守ります。国民の皆さん、すぐに国会に来てください」
軍と対峙した野党の報道官は…
野党の報道官
「離して!」
非常戒厳に反対して国会前に集まった市民は、時間と共に増え、やがて1万人を超えた。
ジャーナリスト 徐台教氏
「ここで引いてしまうと本当にいつ終わるとも知れない戒厳が始まるわけですよね。実際、前回の戒厳っていうのは79年の10月に始まって81年まで続いてたわけですよ。僕がインタビューした市民は、本当に死ぬ覚悟で来たというようなことを言って」
12月4日、国会は解除を求める決議を可決。わずか6時間ほどで非常戒厳は解除された。
ジャーナリスト 徐台教氏
「大歓声、『やった!』って。ほっとひと安心ですよね。大きな事態にはならずに済んだ。でもその時もまだ大統領はもう一回やるかもしれないという怖さがあった。大統領は受け入れてない状態でしたから」
その後、野党は尹大統領を内乱罪で告発したほか、1回目の弾劾訴追案を提出。だが、与党議員らの欠席で廃案となった。
議長(12月7日)
「成立しなかったことを宣言します」
「非常戒厳」から1週間。警察は大統領府への家宅捜索に踏み切ったが、大統領府側が拒否し、押収できた資料はごく一部だった。
野党は、尹大統領に対して2回目の弾劾訴追案を国会に提出。
さらに、与党の代表が弾劾に賛成する意向を表明して、大統領弾劾が可決される可能性が一気に現実味を帯びた。韓東勲(ハン・ドンフン)代表は、尹大統領に対する弾劾訴追案の採決に「党として賛成しよう」と議員らに呼びかけた。
賛成を表明「国民の力」 金相旭(キム・サンウク)氏
「最も残念なのは大統領が、最小限の品位を保つことなく、国民が望む権威、人格というものを失ってしまった事です」
尹大統領は12月12日、国民に向けた談話を発表し、自らが出した「非常戒厳」を改めて正当化した。
韓国 尹錫悦(ユン・ソンニョル) 大統領
「巨大な野党の議会独裁に対抗し、大韓民国の自由民主主義と憲政秩序を守ろうとした。弾劾であれ捜査であれ、私は堂々と立ち向かうつもりだ」
辞任しない考えを強調し、内乱罪にはあたらないと主張したのだ。
「YouTubeを見るのはもうやめて」 尹大統領“エコーチェンバー現象”に陥っていた可能性
なぜ、尹大統領は非常戒厳令を出したのか。改めてその発言を見てみると…
尹大統領
「国会が自由民主主義体制を崩壊させる怪物になったのです。破廉恥な従北反国家勢力を一挙に撲滅する。亡国の奈落に落ちていく自由大韓民国を再建し守り抜く」
かつて陸上自衛隊でもっとも階級が高い陸将をつとめ、情報分析を専門とする松村五郎氏は、その異様な言葉遣いに注目する。
元自衛隊陸将 松村五郎氏
「『国会が犯罪者集団の巣窟になった』『破廉恥な従北反国家勢力を一挙に取り除く』というような言葉を使っていて、よくYouTuberとかは使う表現ですけど」
大統領がYouTubeの情報に依存しているという声は、与党側からも上がっていた。
与党「国民の力」キム・ウン 元議員(6月)
「(尹大統領が)YouTubeを見るのはもうやめてほしい。このままでは私たちは皆死んでしまいます。沢山の方々の声に耳を傾けてほしいです」
さらに、韓国の情報機関、国家情報院の高官だった野党議員はこう語る。
野党「共に民主党」 朴善源(パク・ソンウォン) 議員
「大統領は極右YouTuberたちと頻繁に電話したり、アドバイスを受けたりしています。国家情報院の報告よりも、YouTuberの主張をより多く受け入れていると言われるほど、客観的で科学的な情勢判断ではなく、一方的な主張に依存して国政を運営してきたのです。それがこの事態につながったのです」
松村氏は、SNSを通じて、自分が好む情報ばかり接することで、特定の考えが増幅し、それを信じ込んでしまう、いわゆる「エコーチェンバー現象」に尹大統領が陥っていた可能性を指摘する。
元自衛隊陸将 松村五郎氏
「民主主義国家の元首がインターネットの世界のなかで、情報のエコーチェンバーに自分が乗って、誤った決断をするというようなことは、初めてではないかと思います」
「逮捕部隊ではなく、『暗殺部隊』が動く」 大統領の標的になったYouTuber
YouTuberの中には大統領の標的となっている人もいる。
金於俊(キム・オジュン)氏は、テレビ番組や自身のYouTubeで、尹政権を徹底的に批判してきた。
そのため、最大野党「共に民主党」の李在明代表、「祖国革新党」の曺国(チョ・グク)元法相らと並び、尹大統領が指示した逮捕者リストの中に含まれていたとされる。
非常戒厳が出されたとき、金氏のもとには暗殺専門の部隊が向かっているという趣旨の情報が入ったという。
金於俊(キム・オジュン)氏
「戒厳令が出て私が最初に受けた連絡は、逮捕部隊ではなく、『暗殺部隊が動く』。情報提供を受けて、すぐに家を出て、身を隠しました。私に残された時間は何時間なのか、その間にすべきことは何かを整理していました」
非常戒厳の直後、金氏のYouTubeチャンネルでは、スタジオの真下に兵士が集まる様子を司会者が実況していた。
番組の司会者(12月4日)
「建物の4階からの様子です。ご覧いただいているように駐車場に武装した軍人が見えます。建物内に、無断で侵入することも考えられます。戒厳軍が」
金氏が、ある議員から得た情報によると、軍の狙いは金氏を射殺し、北朝鮮の仕業にみせかけることだったという。
金於俊氏
「私もこの間に受け取った様々な情報が正しいのかわかりません。ただ、一部は事実であると確認できました。『私たち3人を救出するふりをして、射殺する』と。ジャーナリストの中で、なぜ私だけをターゲットにしたのかという問いは、戒厳令が失敗したからできる質問です。もし戒厳令が解除できなかったならば、全世界は韓国すべての放送局と行政機関と司法機関を、戒厳軍が掌握する場面を見ることになったでしょう」
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