殺された指導者の写真を掲げてベイルート南郊の瓦礫の街を走るヒズボラ支持者の車 MARWAN NAAMANIーDPAーREUTERS

<1年を超えた紛争で疲弊した「プレーヤー」たちの現実的判断、当面の戦闘再燃は避けられるが、恒久的平和はなお遠く>

イスラエルとレバノンのイスラム教シーア派武装組織ヒズボラは、11月27日から60日間の停戦に入った。イスラエル周辺で多方面の紛争が1年以上続くなか、中東地域の緊張緩和に向けて一つの転換点となる。

合意の内容は、イスラエル軍がレバノン領内から徐々に撤退し、ヒズボラはリタニ川の北側に完全に撤退する。一方で、レバノン軍はイスラエルとの国境周辺の自国領土に展開して管理する。合意を発表したジョー・バイデン米大統領は、アメリカとフランスをはじめ同盟国が合意の実施を支援していくと付け加えた。


しかし、今回の合意は当事者にとって何を意味するのか。より恒久的な敵対行為の停止の見通しはどうなるのか。ニュースサイト「ザ・カンバセーション」が米ノートルダム大学教授で中東の国境紛争とレバノンの専門家であるアッシャー・カウフマンに聞いた。

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──なぜ今、停戦合意なのか。

今回のタイミングは、イスラエル政府とヒズボラ、その最大の支援者であるイランの利害が一致した結果だが、それぞれに異なる理由がある。

イスラエルは国内で問題を抱えている。まず、イスラエル軍は1年以上にわたる戦争で疲弊している。特に予備役兵の間で招集に応じない人が増えている。一般市民も紛争に疲れ、ヒズボラとの停戦を望む声が多数を占めている。

ベンヤミン・ネタニヤフ首相も政権内の問題に苦慮している。連立政権に参加しているユダヤ教超正統派の2政党から、超正統派の徴兵免除の継続を迫られているのだ。

エルサレムで徴兵法改正に抗議するユダヤ教超正統派 MOSTAFA ALKHAROUFーANADOLU/GETTY IMAGES

レバノンとの戦線を沈静化させることは、必要な現役兵の数を減らすという点で役に立つだろう。イスラエル軍や国内では超正統派の徴兵を免除する法案に対する反発が強まっているが、ヒズボラとの戦争が終結すれば受け入れやすくなるかもしれない。

イスラエル軍としては、レバノンでの戦争は「収穫逓減」の局面を迎えている。彼らはヒズボラの軍事的地位を弱体化させることに成功したが、いまだ殲滅できずにいる。

そのヒズボラは軍事力に深刻な打撃を受け、レバノン国内で弱体化している。

9月に殺害された最高指導者のハッサン・ナスララは昨年、まずパレスチナ自治区ガザでイスラエルとイスラム原理主義組織ハマスが停戦した場合にのみ、自分たちとの停戦も可能になると繰り返していた。だがヒズボラとその後ろ盾のイランは、現在は2つの戦線を切り離したいと考えている。

その結果、ハマスはイランの主要な代理勢力を中心とする「抵抗の枢軸」の支援を失うことになる。昨年10月7日にイスラエルへの攻撃を始めたとき、ハマスはヒズボラをはじめ地域で連携している各グループを、イスラエルとの直接対決に巻き込みたいと期待していた。

ヒズボラやレバノンの他の政治派閥も、国内で強い圧力に直面している。レバノンの避難民は100万人を超え、その大半はヒズボラの母体であるイスラム教シーア派だ。

レバノン国内で宗派対立のリスクが高まっており、ヒズボラの指導者にしてみれば、損失を最小限に抑え、政治・軍事組織として再編成する好機と思うのかもしれない。

イランもまた、レバノンにおいてヒズボラの地位をできるだけ早く回復させようとしている。今回の停戦合意は、イランとその代理勢力に対してより強硬な立場を取りそうな次期米政権の誕生に備える動きと一致する。イランの新大統領がアメリカの新政権と建設的な対話を構築する第一歩になり得るだろう。

超正統派の離反を恐れるネタニヤフ SPENCER PLATT/GETTY IMAGES

──アメリカの役割は。

興味深いことに、アメリカは非常に明確にイスラエル支持の立場を取りながら、今なお効果的な仲介者として機能している。アメリカのおかげで停戦が実現した。この紛争において米政府は中立とは程遠く、イスラエルの主な同盟国であり主な武器供給国であるにもかかわらずだ。

それでもレバノン政府もヒズボラもアメリカの仲介を受け入れている。これは目新しいことではない。イスラエルとレバノンが海洋境界線で合意した2022年の画期的な合意もアメリカが仲介した。

今回の停戦合意は現職と次期、双方の米大統領にメリットがある。この1年ガザの紛争解決で成果を出せなかったバイデンは、これでどうにか花道を飾れる。ドナルド・トランプ次期米大統領にすれば、就任後に直面する厄介な問題が1つ減ることになる。

──停戦合意がレバノンとイスラエルに及ぼす影響は?

停戦が守られるかどうかに国の命運が懸かっているのはレバノンだ。この国の経済は戦争が始まる前から破綻寸前だった。何カ月も続いた戦闘で構造的・経済的・政治的な危機がさらに悪化し、今では救い難い状況に陥っている。

しかも、この戦争で国内の宗派対立が再燃した。再び内戦状態に陥るとの指摘もあながち大げさではない。

停戦で諸派の対立がどうなるかは不透明だ。弱体化したヒズボラは国内政治の場で影響力を回復しようとするだろう。問題は他の宗派や政党がそれにどう対応するかだ。今のヒズボラは恐れるに足らないとみて、堂々と対抗する勢力も出てくるかもしれない。

イスラエルがヒズボラに大打撃を与えるまで、レバノンにはこの組織に対抗し得る勢力はなかった。そんな状況が一変したのだ。ヒズボラの軍事力は低下し、指導者のナスララは殺された。ナスララはヒズボラの顔であり頭脳であっただけではない。イランとの最も重要なパイプ役だった。

ヒズボラの再建が課題の新指導者ナイム・カセム AL MANAR TVーREUTERS

ヒズボラの弱体化で生じた隙間を埋めようと諸派がしのぎを削り、国内の対立がさらに激化するとみる専門家もいる。ただ、ヒズボラが国内での政治的な復権のみを目指すなどという幻想を抱いてはならないと、私は考えている。

さらに事態をこじらせているのは、レバノンの諸派の政治的な勢力図がどう変わるにせよ、その調整が権力の空白下で行われることだ。

レバノンには暫定政府があるだけで、大統領は空位のままだ。

ヒズボラが自派の推す候補者しか認めないため、かれこれ2年間も議会は新大統領を選出できずにいる。議会が膠着状態を脱して新大統領を選出すれば、大統領が新首相を指名して新政権が発足する──ヒズボラが弱体化したことでこの流れが可能になるかどうか、今はまだ模様眺めの段階だ。

停戦によりイスラエルは、ヒズボラのミサイルで壊滅的な被害を受けた北部の復興に着手できる。国境地帯から避難した6万人の住民も帰還できるだろう。また、二正面作戦を強いられてきたイスラエル軍はガザにおける戦闘に資源を集中できる。

──停戦は恒久的な和平合意につながるだろうか。

今のところ恒久的な和平は期待できそうにない。イスラエル、ヒズボラ、イランの政治的な狙いは根本的には変わっていないし、イスラエルとパレスチナの紛争はそう簡単には解決しないからだ。

だが当面は、イスラエルとレバノンの国境地帯における戦闘の再燃は避けられるだろう。

今回の停戦合意の細目を見ると、イスラエルとヒズボラの前回の大規模な戦闘を終わらせた06年の国連安全保障理事会決議1701とさほど大きな違いはない。

この決議では18年間停戦が保たれた。もっともその間にヒズボラは、イスラエル北部に地上侵攻すべく、イランの支援を受けて着々と軍備を増強したが......。

私のみるところ、今回は前回以上の安定化が期待できそうだ。今回の停戦合意には、恒久的な和平合意が成立した暁には、この合意が国境画定をめぐるイスラエルとレバノンの交渉の土台となると明記されているからだ。国境の線引きは簡単ではない。

特にシェバー農場とガジャール村の領有権をめぐっては紛糾が予想される。だが双方が真摯に取り組めば、厄介な領土問題も解決できるはずだ。

Asher Kaufman,Professor of History and Peace Studies, University of Notre Dame

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