ベルリンの壁崩壊30周年の記念式典で花を供える各国首脳 ARTUR WIDAKーNURPHOTOーREUTERS

人は誰もが特定の知的枠組みの中で考え、語り、物を書く。その枠組みは、当然のものとされがちだ。だが慣れ親しんだ分類や概念は、時の経過とともに廃れる。一例が「ソ連」で、今や歴史家しか振り返らないだろう。

そうした意味で、ドナルド・トランプ前米大統領が勝利した今年の米大統領選は2024年の最も重要な政治的事件であり、歴史の転換点として記憶されるのはほぼ確実だ。今回の結果は、これから数十年間の世界の出来事を形作ることになる。


その影響は2つの面に表れるだろう。

1つ目は、より実際的で日常的な領域だ。トランプは既に、中国への追加関税と、メキシコとカナダからの輸入品にも関税をかける方針を表明している。パリ協定から離脱し、不法移民の一斉追放に乗り出す事態も予想される。それが意味するのは、世界1位の超大国の国家運営と、この国が象徴するものの抜本的転換である。

2つ目は国際的な領域だ。重大なパワーシフトや長年の同盟関係の解消、国際機関・基準の崩壊など、さまざまなシナリオが想定される。ウクライナはどうなるのか。アメリカは同盟相手のEUなどを度外視して、ロシアに接近するのか──。

民主主義的制度を軽視し、2020年大統領選の結果を覆そうとし、不倫の口止め料支払いをめぐる事件の罪状34件で有罪になったにもかかわらず、トランプは大統領選で圧勝した。支離滅裂な統治姿勢や「虚言癖」は周知の事実でも、激戦州全てで勝利した。

アメリカの自由民主主義は致命的打撃を受けている。大西洋の両岸で圧力にさらされる一方の自由民主主義が生き残る保証はない。リベラルな西側世界の頂点にアメリカがいないなら、そこに未来はあり得ないだろう。

トランプ次期政権では、上下両院で共和党が多数派だ。保守派が過半数の米連邦最高裁は今年7月、2020年大統領選の結果を覆そうとした疑いで起訴されたトランプの裁判をめぐって、在任中の公的行為に免責特権を認める判断を下した。トランプが自由民主主義を、非自由主義的な寡頭制(オリガーキー)に変換する動きを阻むものはない。


欧州の民主主義国は軍事費の負担を増やすよう、さらに迫られるだろう。一方でトランプはEUの強化に無関心で、アメリカの暗黙の支援なしに単独で前進する能力がEUにあるかは疑問だ。EUを牽引し続けてきた仏独という両輪はもはや機能せず、再び駆動するかも分からない。

もう1つの大問題はイスラエル・パレスチナ紛争だ。イスラエルの現政権はヨルダン川西岸の併合を急ぐのか。イランに対してどんな行動に出るのか。その先には、中東の大規模戦争、和平どころか持続的停戦も期待できない暴力的な地域再編成が待ち受けているとしか思えない。

そこから浮かび上がるのが、最後の重要な問いだ。「自由主義の西側」という存在が消えたら、世界はどうなるか。米欧同盟は長らく、ハードパワーとソフトパワー両方の「力」を意味し、世界秩序の根幹である価値観を形成していた。だが現在、世界秩序は混乱に満ちた移行状態にある。

いま欧州が結束できなければ、次のチャンスはない。自らの利益を守り、世界の平和と秩序を確保できる軍事力を備えることが欧州の唯一の選択肢だ。さもなければ、分裂と無能力と脇役的立場に陥るしかない。


それとも欧州は、ロシアが台頭した19世紀前半の時代に逆戻りするのか。米大統領選の結果は、欧州内の全ての選挙を合わせたよりも深刻な影響をもたらすものだった。トランプはアメリカを(悪く)変えるだけではない。欧州の歴史すら左右する。欧州が何もしなければ......。

©Project Syndicate

ヨシュカ・フィッシャー
JOSCHKA FISCHER
左翼活動家から政治家に転身。ドイツ緑の党の中心人物として、ヘッセン州環境・エネルギー相などを歴任した後、シュレーダー政権では連邦外務大臣兼副首相を務めた。

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