アリゾナ州トゥーソンでヒスパニック系支持者に応えるトランプ(9月12日) AP/AFLO
<トランプ勝利の原動力になったヒスパニック有権者らの経済的苦境への強い不満。その姿は、トランプ支持者が自らを語る際の「忘れられた人々」に重なる...>
「トランプに投票した。何かを変えてもらわないと生きていけない」
35歳のカルロス・クルスは、ショッピングモールの広大な駐車場の片隅に止めた車の前で、はにかんだ表情で話した。車は両側のドアが大きくへこみ、中には色とりどりのファストフードの空き袋が散乱している。
アメリカ西部アリゾナ州フェニックス中心部に近いアルハンブラ地区。メキシコ出身で無職のクルスは、日雇いの仕事を探すために毎日この場所に通う。以前は飲食店で働いていた。
「コロナ禍以来、ずっとこんな暮らしさ」と言った瞬間、人懐こい黒い瞳から光が消えた。「政治に期待することはない。消極的トランプ派だ」と言う。
今回の大統領選で激戦州となったアリゾナは、2016年には共和党のドナルド・トランプが民主党のヒラリー・クリントンに勝利。前回20年選挙では現在の民主党ジョー・バイデン大統領が取り戻した。
結局トランプは今回の選挙でアリゾナを含む激戦州7州を制したが、地滑り的勝利の主要な理由の1つがヒスパニック(中南米系)有権者の動向だったと分析されている。
アリゾナ州は人口の約30%がヒスパニックだ。調査会社エジソン・リサーチの出口調査によれば、トランプは全国平均で前回選挙時の32%から今回は46%と14ポイントの驚異的な伸びでヒスパニック票を獲得した。
壊れた車が放置されたフェニックス中心部アルハンブラ地区のショッピングモール TAKAMI HANZAWAクルスと出会ったアリゾナのアルハンブラは、ヒスパニック住民が多いフェニックスでも、特に彼らの密集度が高い地域とされる。街角には中南米系の料理店や衣料品店が並び、道行く人々の姿も大半がヒスパニックで活気も感じられる。
しかし、この地域の生活の厳しさはすぐに見て取れる。駐車場には事故車なのか、前面や側面が大破した車両が多数放置されている。あちこちの地面には、割れた車のウインドーガラスが粉々になって落ち、一目でよそ者と分かる記者への冷たい視線も感じた。
不法移民対策に共鳴する
投票権を持たない人々を含めて、ヒスパニック住民らと話すと、コロナ禍を境に加速した経済的苦境への強い不満が一様に聞かれた。その姿は、トランプ支持者が自らを語る際の「忘れられた人々」に重なる。
「極端な苦難に直面しながら、彼らに救いの手が伸べられることはあまりなかった」と指摘するのは、人種間の社会格差に詳しいアリゾナ大学のリサ・サンチェス助教だ。
「コロナ禍でエッセンシャルワーカーと位置付けられながら、現業職に就いているが故に、(白人など)他のグループと比較して解雇対象になりやすく、家族や友人にコロナで死ぬ人も多かった」
アリゾナ州の22年の世帯収入の中央値は、白人の約7万6000ドルに対しヒスパニックは約6万3000ドルと20%ほど低い。失業率は今年に入って3.9%と、白人(3.0%)より1ポイント近く高い。
100万人を超える国民を死なせたコロナ禍という国難にあったアメリカを下支えした彼らが、貢献を認められず見捨てられたと感じても不思議ではない。政権を代えた大統領選は、ヒスパニックの乱でもあった。
ブルーカラーの労働者が多いヒスパニックは長年民主党を支持する傾向が強く、調査結果によれば今回も約6割がハリスに投票した。
しかし、「ヒスパニックを愛している」と単純なメッセージで秋波を送り、インフレ抑制と不法移民対策という分かりやすく具体的な政策を掲げたトランプのメッセージが浸透したのは明らかだった。
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一方のハリスは中間層の生活向上や、人工妊娠中絶を中心とした女性の権利、そして民主主義の擁護を掲げた。しかしそれらのテーマはどこか漠然としており、失業やインフレにあえぐ人々の目には物足りなく映ったはずだ。不法移民対策も付け焼き刃だった。
医療通訳者の女性、ガブリエラ・パシオニ(54)は、トランプの強硬な不法移民対策を支持し投票した。メキシコからの留学を経て米国籍を取得したパシオニは「不法移民が、法を守って苦学した自分と同じ立場でこの国にいるのはフェアではない。私は学費を出してくれた両親の苦労を知っているから」と言う。
メキシコを含む中南米地域から入ってくる人々を「レイプ魔」と言い放つトランプに嫌悪感を抱くヒスパニックの知人は、パシオニを「トランプと同じ人種差別主義者だ」と批判するという。「けれど気にしない。不法移民の中には実際に犯罪者がいてホームレスになる」
拡大し続けるその政治力
アリゾナ州教育省の公務員ロベルト・ガルシアも、熱狂的なトランプ支持者だ。民主党政権下のアメリカを沈みゆく船に例え「前の艦長は良かった」と、トランプの返り咲きを喜んだ。ガルシアは現在54歳で、メキシコ系の家庭に生まれた。
「20代は親の世代に倣って民主党支持だったが、経済政策や教育問題、軍の在り方などの問題を考えるうちに共和党員になった」
彼は退役軍人としての経歴から、バイデン政権によるぶざまなアフガニスタン撤退に心から失望し、「より強い米軍」を公約するトランプを支持する。一方、「やはり彼に期待するのは国境を守り抜くことだ」とも、ガルシアは語気を強めた。
「移民を排除したいわけではない。ただアメリカはアメリカ人のものだ。その原則を守ってくれるトランプがホワイトハウスに戻れば、この国はさらに偉大になる」
取材に応じてくれたパシオニとガルシアは、選挙期間中に各地で展開された「トランプのためのヒスパニック」運動に熱心に参加した。不法移民政策をめぐる考え方でやや違いはあるが、共通していたのは、かつて「眠った有権者」とも評されていたヒスパニックの政治力への確信だった。
国勢調査によれば、ヒスパニックの人口はアメリカ全体の約19%に当たる約6400万人で、白人に次ぐグループになった。国内でヒスパニック最大の人権団体「ウニドスUS」はトランプ政治には批判的な立場だ。
しかし、政権選択の鍵を握ることになったヒスパニック票について、幹部はこう誇示した。
「投票したヒスパニックの数は歴史的なレベルで、今後も影響力は拡大し続ける。ヒスパニックのコミュニティーは(政治の)重要局面で効果的に結集できる。これが、今回の大統領選が発したメッセージだ」
選挙に限らずアメリカ国内のヒスパニック市民と話して分かるのは、社会的な地位、そもそもの出身地や宗教観も幅広く、決して単一価値の集団ではないということだ。
自らの力に目覚めながら、まだ形が見えない部分も多いこのグループとどう向き合うか。それは2028年の次期大統領選でも焦点になるだろう。
トランプの発言「ヒスパニックが好き。彼らは温かい。時に温かすぎる」
Trump does over-the-top riff about how much 'I love the Hispanics!' -- 'They're warm! Sometimes they're too warm!' pic.twitter.com/WBCCxzQyMC
— Mediaite (@Mediaite) November 2, 2024
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