敗色が濃厚となり絶望的な表情でハリスの演説を待つ人たち(11月5日) KEVIN LAMARQUEーREUTERS
<初の女性大統領誕生はまたも実現せず。進歩主義的すぎる主張が労働者階級の支持を遠ざけた? バイデンの撤退が遅すぎた? 女性が敬遠された? 本当の敗因とはなんだったのか>
カマラ・ハリス副大統領が2024年米大統領選でドナルド・トランプ前大統領に敗北した原因は、これから何年にもわたり、あらゆる角度から分析されることだろう。そこで、異例の選挙から日が浅い現時点では、今後のアメリカの政治に影を落としそうな不吉なトレンドを整理しておきたい。
現職の大統領として、民主党の大統領候補指名が内定していたジョー・バイデン大統領が、選挙戦からの撤退とハリスの支持を表明したのは7月21日のこと。その直後、ハリスは目覚ましい選挙戦のスタートを切ったが、最後まで独自のカラーを打ち出すことはできなかった。
これは16年大統領選で、民主党の大統領候補となったヒラリー・クリントン元国務長官が、政治の素人だったトランプに敗北したときと重なる部分がある。当時のヒラリーと同じで、ハリスはトランプが大統領としていかに不適格か訴えることに多くの時間を費やし、なぜ自分のほうが優れているのかについては一貫したメッセージを示せなかった。
9月10日に行われた唯一の大統領候補テレビ討論会でハリスはトランプを圧倒したし、わずか3カ月で10億ドル超という巨額の寄付を集めることにも成功した。それなのにハリスは、経済や移民といった最重要争点で、自分のアジェンダを説得力をもって示すことができなかった。
ハリスは結局開票日には姿を見せず、翌6日に敗北演説を行った。聴衆には涙ぐむ人も多かった(6日) KEVIN MOHATTーREUTERSこれまでとは主張を変えた争点についても、説明が足りなかった。例えば、シェールガスの採掘法であるフラッキング(水圧掘削法)についてハリスは長年、環境破壊を理由に反対の立場を取ってきた。
それが今回容認に転じたのだが、「技術の進歩で環境へのダメージが減ったから」というまっとうな理由を言い添えることはなかった。このためウォール・ストリート・ジャーナル紙の著名コメンテーターから、「下手なペテン師」と呼ばれてしまった。
結局、ハリスは上司であるバイデンとの距離をうまく取ることができなかった。トランプ陣営を取り仕切るジェーソン・ミラー選対本部長は、政治メディア「ポリティコ」のインタビューで、今回の選挙戦のターニングポイントについて語っている。
ミラーに言わせると、それは10月8日、ハリスがABCの朝の情報番組『ザ・ビュー』に出演したときだ。女性5人が共同で司会兼コメンテーターを務めるバラエティー色の強い番組だから、ハリスはかなりリラックスして出演できたはずだ。
ところが、司会者の1人であるサニー・ホスティンから、この4年間に、自分が大統領だったらバイデンとは異なる措置を取っていたと思うことがあるかと質問されたとき、ハリスは「何一つ思い当たらない」と答えた。ハリスの側近たちが愕然としたのは間違いない。
トランプの支持者たちは「これで勝った」と大いに盛り上がったという。
ハリスの敗北演説を聴く聴衆たち(6日) EVELYN HOCKSTEINーREUTERSバイデンとの決別を示せず
ハリスはその後、ダメージの修復を試みた。CNNのインタビューでは、「(私の政権は)バイデン政権の続きにはならない」と語った。だが、既に手遅れだった。「よりによって(黒人で民主党寄りの)ホスティンが、ハリスの大統領候補としての息の根を止めるとはね」と、ミラーは語っている。
むしろハリスは、一貫して支持率が低いバイデンとの決別を打ち出さなければならなかった。なにしろ有権者の3分の2以上が「アメリカは間違った方向に進んでいる」と考えていたのだ。
バイデン本人と民主党指導部は、巨額のインフラ投資法や歴史的な気候変動対策、そして半導体業界を支援する「CHIPSおよび科学法」などの大型法案を成立させてきた実績から、バイデンの再選は確実だと思い込んでいた。
81歳という高齢や認知能力への不安がささやかれても、バイデンが撤退を拒否し続けた理由の1つは、いずれ有権者は自分がいかに実務能力に優れた大統領か気付くだろうと確信していたからだ。
実際、経済指標は良くなる一方のように見えた。ほぼ全てのエコノミストが驚いたことに、バイデン政権下で、アメリカは景気後退を回避した。これはジェローム・パウエルFRB(米連邦準備理事会)議長の手腕によるところが大きいが、23年の春から夏にかけて、物価上昇のペースも鈍化し始めた。
それでもバイデンの支持率が、40%周辺を突き破ることはなかった。党内の圧力を受けて、ハリスに大統領候補のバトンを渡した後もそうだった。
GDPや雇用統計は好調でも、物価上昇は依然として人々の暮らしに重くのしかかり、バイデン政権に対する評価はマイナスのままだった。それは副大統領であるハリスの選挙戦を最後まで厳しいものにした。
大統領候補として全米のスポットライトを浴び、自分を売り込む時間が3カ月しかなかったことも、ハリスにとっては大きなハンディとなった。これに対してトランプは、ある意味で8年間(大統領としての4年間と、下野してからの4年間)スポットライトを浴び続けてきた。
共和党予備選でフロリダ州のロン・デサンティス知事や、トランプ政権で国連大使を務めたニッキー・ヘイリー元サウスカロライナ州知事ら有力候補を大差で破り、自分はアメリカ史上最高の大統領の1人だったと豪語すれば、(たとえ嘘でも)メディアで大きく報じられた。
国内で激しい物価上昇に直面し、世界を見渡せば2つの戦争が同時進行するなか、コロナ禍前のトランプ政権は平和で経済的にも豊かだったと懐かしがる有権者は少なくなかった。そうやってトランプになびく流れは、ヘイリーのように党内で対立していた政治家さえもトランプの嘘をのみ、支持を表明したことで、一段と強くなっていった。
トランプの暴言や不正行為が、あまりにも次から次へと報じられるため、大衆の感覚が麻痺してきた側面もある。だから合計91件もの罪で起訴され、そのうち34件で有罪評決を受け、大統領としても2回弾劾され、女性をレイプしたことが裁判で認定されても、選挙におけるトランプの優勢は動かなかった。
女性大統領はやっぱり無理?
それどころか、トランプがハリスのことを「低脳」とか「クレイジー・カマラ」とか「コムラード(共産主義者)・カマラ」など、ひどいあだ名で呼んでも、むしろ多くの有権者にはアピールしたようだ。
トランプの発言は嘘だらけだったが、それはファクトチェック以上に、間違った解説や、人をおちょくったミームや、ディープフェイクを爆発的に増加させた。
トランプは「憎悪に満ちた選挙活動」をしているのはハリスだと断言し、21年1月の連邦議会議事堂襲撃事件は「愛の日」だと語り、それが何百万人もの熱狂的な支持者に受け入れられた。
もちろん今回の大統領選でも、ロシアや中国、イランといった国々が偽情報をばらまいた。
しかしその影響工作は以前よりもはるかに巧妙になり、はるかに広く蔓延したため、アメリカのテック企業は取り締まりを諦め、自社が運営するプラットフォームがこうした工作の温床となることを許してしまった。それはトランプが権力の座に返り咲く絶好の環境をつくった。
一方、ハリス陣営は政治環境の変化をきちんと理解していなかった。ジャーナリストのファリード・ザカリアが10月にワシントン・ポスト紙で指摘したように、「世界最強の経済」は、バイデンとハリスに「良い結果をもたらしていない」。
それは「経済に代わって文化が有権者の投票行動に大きな影響を与えるようになったというアメリカ政治における地殻変動を示唆している」。
実際、バイデンもハリスも、良好な経済指標をテコに労働者階級の支持を取り戻そうとしたが、文化的な主張によってその多くを失うことになった。
公立学校の運動部でトランスジェンダーの生徒の試合出場を擁護したり、政治的な理由でアーティストや知識人の起用を取りやめたりする姿勢は、進歩主義的すぎると労働者階級にそっぽを向かれる原因となったのだ。
現時点では確たる証拠はまだないが、「女性大統領」が敬遠された可能性も十分ある。実際、選挙前の主要世論調査では、ハリスが女性から圧倒的支持を受けている一方で、男性の間ではトランプを支持する声がずっと大きかった。
トランプ陣営はその点をよく理解していて、若い白人男性に人気のインフルエンサーやコメディアンを動員して、進歩主義的な大義を強烈に皮肉った。ハリスが執拗に唱えるリプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する女性の権利)も、彼らには響かなかった。
ハーバード大学ケネディ行政大学院政治研究所の調査によると、30歳以下の男性で、共和党支持者として有権者登録している人の割合は、4年前と比べて7ポイント上昇したが、民主党支持者として登録している人の割合は7ポイント減った。こうした政治環境で、トランプは白人以外の若者も取り込むことに成功した。
トランプは、「民主主義制度の信頼を傷つける主張にマッチョで挑戦的なメッセージを織り込む」ことで、若い男性の支持を獲得したのだと、同研究所のジョン・デラ・ボルペ調査部長は指摘している。
From Foreign Policy Magazine
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