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絵本作家のヨシタケシンスケさん=2024年7月30日、神奈川県藤沢市、友永翔大撮影

 絵本作家のヨシタケシンスケさんが、デビュー作『りんごかもしれない』を担当した編集者の沖本敦子さんと、記者サロン「ヨシタケシンスケさんと語る不安のチカラ」で不安の処方箋(せん)について、9月22日東京本社で語ってくれました。

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 ヨシタケさんと沖本さんは、2013年から5年間、4作品を手がけた。ヨシタケさんは「沖本さんは、僕を作家にしてくれた大恩人」と紹介した。

 ふたりとも「不安族」。記者サロンでは、名作誕生の裏にも不安があったことが明かされた。『りんごかもしれない』は、ヨシタケさんにがっかりされるのが不安だった沖本さんが、企画をたくさん準備。その中に「りんごを様々な角度からみる」という企画があり、生まれたという。

 ヨシタケさんは、人付き合いも苦手で、サラリーマン時代にストレスを抱えていた。

 「イヤな上司への思いを言葉で書いた。自分の気持ちだとバレないように女の子のイラストも添えた。その編集の作業がを続けていると物語になっていきました」

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手帳に書かれたヨシタケシンスケさんの原画=神奈川県藤沢市、友永翔大撮影

創造性の源は、自分の毒

 「僕の創造性の源は、自分の毒をバレさせないためのノウハウだった。同じように自分のしんどさもメタ思考で変換できる。自分の苦しみを他人事にできると、今日を生きるのが楽になった」とヨシタケさん。沖本さんは「それをコツコツやり続けていると、ある時から自分をつくっていきますよね」と話した。

 ヨシタケさんは「創造性には幅があり、崇高なものだけでなく、泥臭いものと地続き。僕の場合は自分を救う松葉杖のようなもの」と話した。沖本さんも「創造性は特別な能力ではなく、もっと気さくで、しょうもないものが出発点だったりして、誰もが持っていると思う」。

 また、ヨシタケさんは「生産性」の物語に苦しめられている人がいることも指摘した。その上で、「『自分用のストーリー』が、不安の時代を生きる上で自分を守る」と話した。

 「真実がどうあるかではなく、その日の自分にとって、世界はどうあったほうが良いというストーリーを多く持っておけば、生きやすい。今日はお金中心、今日は人とのつながり、今日は正論、とか。今の時代すぐに判断や意見を求められるけど、5年、10年先でいいんですよ」

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手帳に書かれたヨシタケシンスケさんの原画=神奈川県藤沢市、友永翔大撮影

自分の頭の中は自由

 ヨシタケさんは昨年の心の不調で「名付けようもないしんどさ」を経験したことに触れた。沖本さんは、「『名付けようもない』というのがヨシタケさんらしい価値観で改めて大切な視点です」。沖本さんも産後うつを経験した際に「原因を探せば治る」というストーリーにとらわれていた。

 ヨシタケさんは「うつもそうだけど、生身の人間が生きていくと、分かりにくいことばかり。生産性のストーリーがあふれかえり、誰が得するのかな?と客観的に考えてみるのもいいですよ」とヒントを語った。

 そして「明日戦争は終わらせることはできなくても、明日戦争を終わらせる方法を思いつくかもしれない。それくらい自分の頭の中は自由。そう考えると少し楽になります。メタ思考で創造性を使いながら、不安と向き合い続けています」と話した。(山内深紗子)

ヨシタケシンスケさん

 よしたけ・しんすけ 1973年神奈川県茅ケ崎市生まれ。イラストレーターを経て「りんごかもしれない」で絵本作家デビュー。「メメンとモリ」など作品多数。

沖本敦子さん

 おきもと・あつこ 子どもの本の編集者。1978年生まれ。ブロンズ新社で「だるまさん」シリーズ、『りんごかもしれない』などを手がける。2019年に独立。

記者サロン「ヨシタケシンスケさんと語る不安のチカラ」

 記者サロン「ヨシタケシンスケさんと語る不安のチカラ」は12月27日まで、紙面をご購読または朝日新聞デジタル有料会員のお客様は何度でも無料でご覧いただけます。申し込みは募集ページ(https://t.asahi.com/wo4f)、またはQRコードから。

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子どもの本編集者の沖本敦子さん=本人提供
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「りんごかもしれない」(ブロンズ新社)

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