小学生の頃、毎日あることが私にとって苦痛だった。それは、日記を書くという宿題だ。決して大げさではなく、日記を書く時間が近づくたびに気分が沈んでいったことを今でも覚えている。学校から帰ってきて、遊びたい気持ちを抑えて机に向かう。しかし、何を書けば良いのか、その意味が全く分からなかった。毎日の学校生活や家に帰るという単調な日々の中で、「なぜその出来事や感想を残す必要があるのか」その理由が理解できなかったのだ。私は、ただ日々の行動を淡々と記すことに、何の価値も感じられなかった。
「今日は学校に行った」「授業を受けた」「家に帰った」——。
これらの事実をただ書き残すだけでは、どうしても書く意味があるようには思えなかった。疑問を抱き続けていた私は、文章を書くことに対してますますやる気を失っていった。毎日日記に取り組むたびに、その単調さにうんざりしていたのだ。
- コラム「寝たきり社長の突破力」
不思議なことに、今では私は文章を書くことが大好きで、「今、書きたくて仕方がない」という衝動に駆られることすらある。しかし、幼い頃の私は違った。文章を書くという行為そのものが憂鬱(ゆううつ)で、楽しさや価値を見いだすことができなかった。だから、毎日の日記も嫌々書いていたのだ。
そんな私を変えたのは、ある出来事がきっかけだった。
はじまりは、小学4年で手にしたパソコン
これは小学4年生の頃の話だ。当時の私は、病気の進行により鉛筆やペンを持って字を書くことが次第に難しくなっていた。そこで先生から、日記をノートではなくパソコンで書いてはどうかと提案された。ちょうどその頃、家にノートパソコンを買ってもらったこともあり、私はその提案を受け入れた。
毎日家に帰ると、まずノートパソコンを立ち上げるのが習慣になった。当時はまだクラウドサービスどころか、USBメモリーも普及していない時代だったので、日記のデータをフロッピーディスクに保存して、学校の先生に提出していた。パソコンで日記を書くようになってから、鉛筆やペンで書いていたときと比べ、身体への負担は大きく減った。
だが、当時の私はそれ以上に、パソコンだからこそできる「ある裏技」を知ってしまった。それは、コピー&ペースト、通称「コピペ」だ。コピペを使えば、一文字ずつ入力せずに、すでにある文字や文章を簡単に書き写すことができる。
コピペという存在に出会った私は、過去の日記をコピーして貼り付けることをだんだん始めた。しかし、直近の日記を丸ごとコピーすると、先生にバレてしまうので、コピペには数週間前の日記を使っていた。
心揺さぶられた先生からの言葉
ある日の放課後、家に帰って日記を開くと、先生からのコメントが目に入った。そのコメントを読んだ瞬間、私の心は大きく揺さぶられた。
「仙務くんにとって、今日という一日と全く同じ日が今までにありましたか?」
この一言が、私にとって大きな転機となった。先生は「コピペをするのはいけません」とは言わなかった。ただ、「今日という一日は、本当にコピペだけで表現できるものなのか。今日という一日、学校で過ごした時間や、家での出来事は、これまでの日々と全く同じだったのか」と問いかけられているように感じた。
その指摘に、私はハッとした。毎日が単調だと感じていたのは、私自身が出来事の表面だけを捉えていたからで、実際には一つ一つの出来事に対して自分の気持ちや考えがあったはずだ。それをくみ取れず、日記に表現していなかったのは、私自身だったのだ。
どんなに似たような一日でも…
それから、私は少しずつ日記に自分の思ったことや感じたことを書くようにしてみた。まるでアルバムを整理するように、今日という一日をゆっくりと思い出し、自分の心が揺れ動いた瞬間を切り取るようにしていった。最初はぎこちない文章だったが、やがて自分の心の声を聞くことに慣れてくるようになった。それは、まるで深層心理の奥にいるもう一人の自分と会話するような感覚だった。
すると、意外にもだんだん書くことが楽しくなってきたし、日々の出来事に対して「自分はなぜそう感じたのか」を考えることで、同じ日常の中にも新しい発見があることに気づいた。無味乾燥だった私の日記に、確かな彩りがうまれた。
しかも、中学高校時代にもなると、読書感想文コンクールで賞を受賞したり、エッセーコンテストに応募して入選したりすることも増えてきた。
そして、大人になった今、私はSNSを通じて日々の考えや感じたことを発信し、新聞で連載コラムを書いたり、本を出版したりと、文章を書くことが自身の表現方法の一つにもなっている。
幼い頃には、文章を書くことがこれほど私の人生を豊かにし、他者とのつながりを深めてくれるものだとは想像もしていなかったが、あの日に先生からもらったあの言葉が、今の私を形作っている。
「仙務くんにとって、今日という一日と全く同じ日が今までにありましたか?」
この一言が、私の心に深く刻まれ、文章の中に自分の気持ちを込めることの大切さを教えてくれた。そして、それは私の「寝たきり社長」としての活動や、社会とのコミュニケーションにおいても大きな影響を与えている。
今では、毎日がかけがえのないものだと心から感じることができる。そして、その「かけがえのなさ」を文章を通じて伝えることが、私の天命の一つだと思っている。
どんなに似たように見える今日でも、過去からコピペできない唯一無二の今日なのだ。
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生まれつき難病の脊髄(せきずい)性筋萎縮症を患いながら、19歳でウェブ制作会社を起業した「寝たきり社長」こと佐藤仙務さんのアピタルコラムが、1冊の本になりました。中日新聞・東京新聞で掲載された連載と合わせた1冊です。「寝たきり社長の上を向いて」(風媒社、1650円)
<さとう・ひさむ>
1991年愛知県生まれ。ウェブ制作会社「仙拓」社長。生まれつき難病の脊髄性筋萎縮症で体の自由が利かない。特別支援学校高等部を卒業した後、19歳で仙拓を設立。ユーチューブチャンネル「ひさむちゃん寝る」では動画配信も手がける。(佐藤仙務)
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