新薬の開発で、予防や治療に注目が集まる認知症。世界各国で、薬を使わず運動や食事指導などを組み合わせて認知機能の向上を図る研究が進んでいるが、日本で開発された「J(ジェイ)-MINT(ミント)プログラム」の有効性が今年、明らかになった。アルツハイマー病以外の認知症リスクの高い人や、新薬では副作用の恐れがある人にも効果が期待できるという。 (大森雅弥)

◆薬向かない人に福音

 認知症については近年、疫学調査などで複数の危険因子が特定され、2010年ごろから危険を減らす健康管理プログラムの開発が始まっている。運動や食事指導など、さまざまな手法を組み合わせることから「多因子介入」と呼ばれる。世界60カ国以上がそれぞれの社会事情に合わせて開発。J-MINTプログラムもその一環だ。  同プログラムは、愛知県大府市の国立長寿医療研究センター(長寿研)を中心に、五つの大学・研究機関が19年から共同研究をスタート。(1)運動指導(2)食事指導(3)認知機能訓練(4)生活習慣病の管理-の四つで構成されている。  特徴は、世界で初めて、認知症予備軍である軽度認知障害(MCI)に対象を絞ったこと。MCIの人は現在、医療機関で経過観察となることが多く、積極的な治療を受けられない。そのため、研究チームは今後、科学的根拠がある治療が必要になると考えている。  実証研究は20年7月から、MCIと診断された65歳以上の高齢者531人を対象に、プログラムに取り組む「介入群」と取り組まない「対照群」に分け、1年半(18カ月)にわたって行われた。ところが、認知機能を測る複数のテストや評価方法の総合点(コンポジットスコア)では両群に明らかな差は見られないという結果に。研究チームによると、新型コロナウイルス感染症の流行により、途中で参加をやめる人が相次いだためという。  一方、神戸大が実施した関連研究では総合点に明らかな差が示唆されたほか、特定の条件下で分析していくと、有効性が得られた。例えば、運動教室の参加率が70%以上の人では、介入前より総合点が上昇。70%未満とは大きな差が出た=グラフ(上)。脳トレのアプリを使った認知機能訓練でも同じ結果に。患者の体の状態別では、認知症リスクの高い高血圧や高血糖のグループで総合点に明らかな差があった。  注目は、アルツハイマー病の危険因子といわれるアポリポタンパクE遺伝子ε(イプシロン)4多型(アポEε4遺伝子)を持つ人のケース。介入群では認知機能が維持されていた=同(下)。この遺伝子を持つ人は、アルツハイマー病の治療薬レカネマブの副作用リスクが高く、プログラムが認知症予防の福音となりそうだ。

国立長寿医療研究センター研究所長の桜井孝さん

国立長寿医療研究センター予防科学研究部の内田一彰特任研究員

 多くの人に適用可能なのも多因子介入の長所。レカネマブなどの新薬はアルツハイマー病が対象だが、多因子介入は認知症のタイプを問わない。身体機能が衰えるフレイル(虚弱)の改善もみられ、幅広く老化防止に役立つ可能性がある。  長寿研・研究所長の桜井孝さん(64)は「MCIの人に絞ったプログラムだが年齢が若いほどよく効いており、早くからやった方がいいのではと感じている。将来的には、40、50代が認知症予防に向けたマインドセット(心構え)をつくるきっかけになるかもしれない」と話す。  運動や食事指導などさまざまな手法を組み合わせるJ-MINTプログラム=表。運営にあたった長寿研予防科学研究部特任研究員の内田一彰さん(28)によると、日本人の生活習慣や気質などを考慮した工夫を施しているという。  いくつかの市町村が同プログラムを取り入れようとしており、研究グループは、地域の実情に合わせ、18カ月より短期間のプログラムを開発中だ。具体的な内容は次の通り。

◆運動指導

 週1回、90分の運動教室を実施。集団で行うのは、みんなでやることで頑張る日本人の気質に合っているから。認知症予防に必要な社会的な交流にもなる。  メニューは「コナミスポーツクラブ」と共同開発。複合的な運動プログラムが認知機能向上に良いことから、エアロビクス(有酸素運動)、筋トレ、運動と認知課題(計算、しりとりなど)を組み合わせた「コグニサイズ」などを続けて行った。特にエアロビクスは、運動負荷を上げるためにも大事だという。  月に1、2回、参加者によるグループミーティングも開催。それぞれの生活を振り返り、目標を定める機会をつくった。

運動に取り組むJ-MINTプログラムの参加者ら=愛知県大府市で(国立長寿医療研究センター提供、一部画像処理)

◆食事指導

 「SOMPOヘルスサポート」と共同で実施。参加者と面談し、食生活のリズムや食の好みなどをヒアリング。認知機能にとって重要な食の多様性を理解してもらうため、長寿研が開発した食事のバランスチェックシートと同様の質問に答えてもらう。  ただ、同プログラムでは、穀類や魚介類、肉類などの13品目について次の合計点で食のバラエティー度を測る。「ほとんど毎日」は4点、「2日に1回」が2点、「週に1、2回」が1点、「ほとんど食べない」は0点として計算する。  現状が分かったところで、改善案を提示。参加者は生活ノートに日々の食事を書き込んで目標達成を目指す。健康相談員による指導は訪問3回、電話によるフォローが12回あった。  脳の健康に良いと考えられている食品の推奨や口腔(こうくう)機能低下(オーラルフレイル)の対策も行った。   ◇

◆認知機能訓練

 科学的根拠が示されている米ポジット・サイエンス社の脳トレアプリ「Brain HQ」を活用。推奨は1日30分以上、週4日。期間中、意識的に集中して取り組んでもらう強化期間(3カ月)を3回設定した。  情報機器への抵抗感が強かったのか、実施率はあまり高くなかったが、しっかり取り組んだ人では明確な効果が確認されたという。個別の申し込みは、同社の日本語のホームページから。  内田さんによると、ほかに科学的根拠が示されているものとして、マージャン、囲碁、チェスといったボードゲームがある。絵画、書道、陶芸などの芸術活動も効果があるという。

◆生活習慣病の管理

 認知症の危険因子である糖尿病、高血圧、脂質異常症の人については、かかりつけ医のもとで管理することを求めた。


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