治療したはずの歯がずっと痛い、舌がピリピリする…。歯や口の中に明確な異常がないのに、こうした痛みや不快感が続く人がいる。「歯科心身症」と呼ばれ、一般的な歯科治療では改善しにくいとされる。特徴や治療の現状を専門家に取材した。 (熊崎未奈)

歯科心身症の診断のため、患者の症状を聞き取る吉川さん(右)=東京都中央区のラクシア銀座歯科クリニックで

 歯科心身症の治療を行っているラクシア銀座歯科クリニック(東京)院長の吉川達也さん(55)によると、症状は多岐にわたる。代表的なものに「原因の分からない痛み」と「口の中の異常な感覚」の二つがある。  痛みの中で最も多いのが舌痛症だ。舌にピリピリとした痛みや、やけどしたような感覚が続く。舌痛症のほかには、歯の根の治療や抜歯などの後に続く原因不明の歯の痛みを訴える人も多い。  一方の異常感は、口の中にネバネバ感や異物感があったり、味覚に異変を感じたりする。矯正治療の後などに、かみ合わせの違和感が続く人もいる。  こうした症状はいずれも、歯や舌自体には歯科的な異常がないのが特徴だ。吉川さんは「一般的な歯科で、抜歯や矯正などの処置をいくら繰り返しても改善しないので悩む患者さんも多い」と指摘する。

◆脳内血流量に左右差

 何が原因で起きるのか。吉川さんは「はっきりしたメカニズムは明らかになっていないが、口の中の感覚に関わる脳機能の不調が原因とみられている」と説明する。脳の画像を分析すると、歯科心身症の患者は通常より広い範囲で血流量に左右差があることなどが分かってきたという。「気持ちや性格の問題ではない」と吉川さんは強調する。  こうした脳の不調が生じる引き金の一つが、口への刺激だと考えられている。特に歯科治療をきっかけに生じることが多いという。ほかには、睡眠不足や疲れ、ストレスなども要因になるとされる。もともと頭痛持ちなど、痛みに敏感な人もなりやすいという。

◆服薬と生活習慣改善

 治療は、脳の働きをいかに整えるかがポイントとなる。まずは歯科治療を中止して刺激を止めた上で、抗うつ薬を中心とした薬物療法を行う。抗うつ薬で7~8割の患者が症状が軽減するという。鎮痛薬や漢方薬を使うこともある。  服薬と並行して生活習慣の改善も効果的だという。7時間を目安にした睡眠、疲労をためないこと、栄養バランスの整った食事に加え、適度な運動をして症状がまぎれる時間を増やすことを吉川さんはすすめる。さらに「歯や口の中の問題ではなく、脳の問題だと、患者の認識を修正することも大事」と強調する。  治療を始めて半年から1年ほどで症状が軽減する人が多い。一方、歯科心身症ではなく、精神疾患の場合もあり、問診で慎重に見極める必要があるという。  東京医科歯科大大学院歯科心身医学分野の豊福明教授(59)によると、歯科心身症の問題は歯科業界では古くから知られ、徐々に治療の必要性が認識されてきたという。1986年には日本歯科心身医学会が設立され、研究が続けられてきた。  一方で、「多くの歯科医師はうっすら知っているが、適切な治療につなげられているわけではない」とも。学会が定めた認定医と指導医は約90人いるが、一部の大学病院や都市部のクリニックなどに限られるという。豊福教授は「患者側の認知度は低く、歯科医師側もまだ誤解が多い。メカニズムの研究や専門医の育成を進めていきたい」と課題を指摘する。 

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