年末になると、不用品を処分したり、大掃除をしたりして、すっきりとした空間で新年を迎えたいと思うようになりませんか。

  • 連載「上手に悩むとラクになる」

 世の中には日々「いかに捨てるか」という情報があふれています。

 私は注意欠如多動症(ADHD)のある方々のカウンセリングに日々応じていますが、「部屋が片付けられない」というのはかなり多いお悩みです。

 そうした方々の多くが、ネット記事や雑誌、テレビ番組などで片付けの知識を知っていて、中には、片付けに関する資格までお持ちの方もいます。

 しかし彼ら彼女たちが片付けられないのは、なぜでしょう。

 もしかするとADHDの方にはADHD専用の片付け方が必要なのかもしれません。

整理術の記事は、片っ端から読むけれど…

 今回もADHDの主婦リョウさんに登場していただきましょう。

 リョウさんのクローゼットは服がパンパンにあふれていて、入りきらなくなった服が周辺に山積みになっています。これだけ服が大量にあるのに、朝着ていく服がないのです。

 どういうことなのか不思議なのですが、とにかく朝からクローゼットの前に座り込んでしまいます。

 買い物好きなリョウさんは「よし、これは通勤用にいい」「これはちょっとランチにいい」と意気込んで買ったはずなのですが、なぜかいつも困るのです。

 リョウさんなりにどうにかしようと、クローゼットの整理術の記事は片っ端から読みます。だいたい「サイズアウトしたもの、傷んでいるもの、数年着ていない服は処分」などと、どの記事も同じようなことを言っています。

 リョウ「そんな服は既に捨ててる。それでも服が多いんだよね」

 リョウさんの服の困り感はこんなかんじです。

(1) お片付けの基本の「全ての服を全部出して仕分けする」がつらすぎる

(2) 着ていく服が気分によってコロコロ変わるので前日準備とか無理

(3) どんな服を持っていたか忘れてしまうので組み合わせられない

(4) 気に入った服でもすぐに飽きてしまう

 それぞれ解説しましょう。

(1)お片付けの基本の「全ての服を全部出して仕分けする」がつらすぎる

 お片付けの方法のオーソドックスなものは、いったんクローゼットの中からすべての服を出して、いるもの、いらないものと仕分けしていくようです。リョウさんがこれをしようとするとスペースが足りないことと、全部やりきるのに5時間以上かかりそうなので、途中で集中力が切れるどころか、そもそもそんな大仕事をやる気が失せます。

 一度このやり方を試したことはあったのですが、途中で力尽きて、部屋が散らかったままになりました。結局クローゼットに戻す気力もなくなり、段ボールに突っ込んでしまい、リビングが段ボールに占領されてしまいました。この苦い経験からクローゼット整理をあきらめてしまっています。

 これにはADHDの特性である「報酬遅延障害」がかかわっていると言えます。報酬遅延障害とは、ご褒美を待たされる時間が長いほど、そのご褒美の価値を低く見積もる傾向が極端であることを指します。

 リョウさんが5時間がんばってクローゼットの整理をすれば、爽快感というご褒美が手に入れられるかもしれませんが、5時間があまりに長すぎるため、途中で挫折してしまったと説明できるでしょう。

 反対に、仮にこの整理が5分で終わるものなら、リョウさんはやれていたでしょう。

(2)着ていく服が気分によってコロコロ変わるので前日準備とか無理

 多くのライフハックで、「明日着ていく服を夜寝る前に枕元にセットしておきましょう」ということが推奨されています。私も同じようにADHDの方におすすめしてきましたが、何割かの方が「前夜着ていきたい服と、朝起きて当日着たいと思う服が違うからそれは無理」と言います。

 服は単におしゃれだけでなく、その日の天気(雨の日には水はねが気になりますしね)や気温、体調などにも左右されるので、なかなか想定が難しいのもわかります。それでも多くの人は「気分的にはこれじゃないけど、前日から用意してたから、まあ、今日はこの服でいいや」と手を打ちがちです。

 しかし気分が変わりやすくそれにぴったりの服を選びたい! というのは、ADHDならではの特徴かもしれません。中には、自分の気持ちに正直でそれをおさえられない方もいらっしゃるのかもしれません。この「おさえられなさ」を衝動性と呼んでいます。

(3)どんな服を持っていたか忘れてしまうので組み合わせられない

 多くの人は、クローゼットの中に引き出し式の衣装ケースを入れて使っているのではないでしょうか? そうするとハンガーにかけられている服と衣装ケースの中の服を全部覚えておいて、「このスカートにはあのトップスだな」と記憶の中から探し出して組み合わせを選ぶことになるでしょう。これには記憶力が必要になります。

 ADHDの方の特徴として「見えていないものは忘れてしまう」というワーキングメモリーの弱さがあります。クローゼットを開けたら一目で全部が見渡せる必要があるのです。

 リョウさんの持っている服の量はクローゼットを両手で開けて一望できる範囲におさまっていません。「こんな服持ってたね! 忘れてた。なんでもっと着なかったんだろう」という服がたくさん眠っています。もったいないことです。

(4)気に入った服でもすぐに飽きてしまう

 リョウさんは、何年も前から欲しかった高いセーターがあり、ようやく手に入れたのですが、あっという間に飽きて着なくなってしまいました。そのセーターを見るたびに「あんなに高かったのに。私が着るとおしゃれなセーターじゃなく見える。手に入ったら、一気に魅力を感じなくなるのかな。もったいない……涙」と感じます。

 そうやって、実は内心2、3回着ただけで飽きてしまった服も、高価だったのにという罪悪感を喚起させるばかりの存在となって居座り、気の重いクローゼットになってしまっているのです。

 この飽きっぽさもADHDならでは。基本的にADHDの特性があると、ずっと同じものが続くより、「新しいもの(新奇性のあるもの)」に惹(ひ)かれることがわかっています。

 さて、共感していただけたでしょうか?

 このようにADHD特性に沿って説明していけば、「なぜ自分がクローゼットをパンパンにしてしまうのに、着ていく服がないのか」についてずいぶん謎が解けたことでしょう。

 決して普通のお片付け術では解決できないことがおわかりいただけたと思います。

 次回はこれらの特徴に応じて、どのようにクローゼットを整理すべきかについてご紹介します。

 次回は12月14日に配信予定です。

<臨床心理士・中島美鈴>

 1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。

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 このコラムでご紹介したADHDについてもっとお知りりにご存になりたい方は、私の著書「もしかして、私、大人のADHD?」(光文社新書)をお読みください。

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