(写真:Al Drago/Bloomberg)

イーロン・マスクとの癒着が度を越しているという批判にさらされているテスラの取締役会は4月17日、企業ビジネス史上最大の報酬パッケージを含め、基本的にマスクが望むすべてを与えるつもりだと発表した。

法廷や自動車市場におけるつまずきがテスラの取締役会に反省を促した形跡はまるでうかがえない。それどころか取締役会は、テスラCEOのマスクを支持する姿勢を強め、アクティビスト投資家を怒らせ、さらなる訴訟を招くリスクを冒す行動に出た。

裁判で無効化された7兆円報酬を復活

マスクに対する約470億ドル(約7兆3000億円)相当の報酬プランの承認を株主に求めるという取締役会の決定は、デラウェア州の判事がこれと同じ10年間の報酬パッケージを無効と判断してから3カ月もたたないうちに下された。判事は、報酬が過剰なうえに、テスラは2018年にパッケージを承認した株主に対し詳細を適切に開示していなかったと述べた。

テスラは今後、報酬プランがどのように策定されたかについて株主に詳しい情報を提供し、改めて承認を求める方針だ。株主投票は、投資家がテスラに懸念を強めているなかで行われることになる。テスラの売上高は減少し、株価も今年に入って3分の1以上も下落している。おまけにマスクは、会社の勢いを回復させる計画をあまり示していない。

デラウェア州の訴訟で株主側の代理人弁護士を務めたグレッグ・バラロは4月17日、自身のチームとして次にどのような行動をとるかについてはコメントしなかった。

しかし、今回の取締役会の対応によって、テスラに対する訴訟はさらに増える可能性がある。テスラは規制当局や顧客、さらに同社の運転支援システムの欠陥で被害を受けたと主張する人々からの法的圧力にさらされている。

その一方で「従業員1割解雇」の露骨

「世界で最もリッチな人物の1人」というマスクの地位を回復する今回の行動に出る2日前、テスラは従業員の10%、つまり約1万4000人を解雇すると従業員に伝えた。

「当然、見栄えはよくない」と、コーポレート・ガバナンス(企業統治)を研究するジョージタウン大学マクドノー・スクール・オブ・ビジネスの准教授ジェイソン・シュレッツァーは言う。

マスクは右派陰謀論の支持で潜在的な顧客の多くを遠ざけているが、取締役会が監視を強めようとしている兆候はない。反対に6月の株主総会に向けて17日に提出された文書は、取締役会としてマスクを断固支持するというシグナルを発するものだった。

取締役会は株主に対し、テスラの法人登記をデラウェア州からテキサス州に移転することで承認を求めたが、この変更は今年1月、デラウェア州の裁判所に報酬パッケージを無効化されたその日にマスクが要求したものだ。

さらに取締役会は、マスクと一緒に休暇を過ごす仲にあるメディア界の重鎮ジェームズ・マードック、そして弟のキンバル・マスクという、マスクと親密な間柄にある2人の取締役を再任するよう求めた。

テスラの今回の行動は、2018年に導入されたイーロン・マスクの報酬プランを無効にした、デラウェア州衡平法裁判所の判事キャサリン・セントジュード・マコーミックを事実上非難するものだ。判事は判決の中で、マスクに対する監督が緩い、と取締役会に苦言を呈していた。

「取締役会と株主はマスクに支配されている」。シラキュース大学ウィットマン・スクール・オブ・マネジメントの准教授リン・ビンセントは裁判所の判決についてこう語る。「この報酬パッケージを推していた人たちは、株主の利益を積極的に守ろうとする人たちではない。彼らは私的にも金銭的にも、マスクの生活に組み込まれていた」。

裁判所の判決をぶっちぎる独善提案

テスラ取締役会は、株主に報酬パッケージ復活を求めることで、判事マコーミックの裁定を実質的に無効化しようとしているのだ。

テスラ取締役会の議長ロビン・デンホルムは17日、株主に宛てたメッセージで、「われわれはデラウェア州裁判所の裁定には同意しない。デラウェア州裁判所の判断は会社法の本来のあり方ではないと考える」と述べた。これとは別にテスラは、判事の裁定に不服を申し立てる予定だと明らかにしている。

デンホルムは、マスクに約束されていた報酬を認めないのは「根本的にアンフェア(不当)だ」とし、テスラは過去6年間、無効とされた報酬プラン以外にマスクには何も支払っていないと述べた。

とはいえ、マスクはテスラ株から巨額の富を得ている。コーネル大学産業・労使関係学部で客員講師を務める元報酬コンサルタントのブライアン・ダンによれば、報酬プランは過去の働きに対する報いではなく、将来の成果に対するインセンティブを幹部に与えることが想定されている。

ダンは、マスクがソーシャルメディア・プラットフォームのX(旧ツイッター)や、スペースXなどのベンチャー企業群を所有していることに言及。「報酬プランには、マスクがテスラに集中するよう要求するものは何も含まれていない」と話し、「これは取締役会が今もぬるま湯につかりきっている証拠だ」と付け加えた。

近ごろのテスラは問題まみれのため、報酬パッケージ無効の裁定は「アンフェア(不当)」だとする取締役会の主張に不快感を覚える投資家もいる。

「会社が現在の目標を達成できず、従業員の10%を解雇するなかで、史上最大規模の報酬パッケージの承認を求めるのはタイミングとして最悪だ」と、アクティビスト投資家グループ「チューリップシェア」のCEOアントワーヌ・アルグージュは語った。

チューリップシェアは、温暖化ガス排出と労働者の権利に関する基準を満たすことをテスラ役員報酬の条件とすべきかどうかについて、株主投票を行うことを提案した。テスラの取締役会はこの提案に反対している。

デンホルムは、デラウェア州から法人登記を移転させる決定は、デラウェア州の司法制度から逃れる試みではなく、テキサス州で存在感を高めている企業にとっての論理的なステップだという見解を示した。

株主に対しては、「当社はテキサス州に製造、オペレーション、エンジニアリング部門の従業員を多数抱えており、幹部もテキサス州に拠点を置いている」と伝えた。

また、取締役会は独立性を保っていると主張。デンホルムによると、マスクの報酬プランの評価を行った取締役は、ケロッグとウォルグリーンで人事取締役を務めたキャスリーン・ウィルソン・トンプソンで、この人物にマスクとの個人的なつながりはないようだ。

競争力低下の懸念に取締役会は…

テスラ取締役会は同社が電気自動車(EV)市場での支配力を失いつつあるという懸念には向き合わず、デンホルムはテスラの今後について楽観的な見通しを示した。

「テスラは、比類のないイノベーションの速度を備えた機敏な組織であり、先見性あるリーダー、そして何より世界で最も優秀で献身的な従業員のおかげで、あらゆる期待を上回る製品とサービスを生み出してきた」と、デンホルムは株主に宛てたメッセージで述べた。

そして、そういった従業員の10%を解雇するという決定は、コストを削減し、生産性を向上させて、「次の成長段階に備える」ために必要だと付け加えた。

(執筆:Jack Ewing記者)
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