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<具体と抽象のベストセラー」より。なぜ、具体と抽象を理解することが思考の深さとかかわるのか?>
具体化と抽象化の概念を理解することは、今やビジネスパーソンにとって必須のスキルだが、なぜ持て囃されているのか?
日本教育研究所代表の谷川祐基氏は、教育事業に携わるなかで頭のよい人とそうではない人の違いを分析してきた。そのなかで、頭のよさとは「具体」と「抽象」の間を行き来する能力であり、世界はすべて「具体」と「抽象」で定義できることを発見した。
谷川氏の著書『賢さをつくる頭はよくなる。よくなりたければ。』(CCCメディアハウス)より、「具体」と「抽象」で定義する世界について取り上げる。
◇ ◇ ◇「具体」を《左》、「抽象」を《右》で世界を定義する
「抽象」と「具体」を図示して説明しようとしたものを探すと、その2つの概念が「上下」に配置されているケースが多い。この場合、必ず上に抽象的なものがきて、下に具体的なものがくる。抽象的なものとは、空の上、天界のぼんやりしたもので、具体的なものとは地上のこまかいものというイメージがあるからだろう。このイメージは理解できる。
しかし本書では、あえて《左右》で表現していく。《左右》に呼び替える理由は2つある。1つは、「具体」と「抽象」とは上下関係でなく対等な関係であることを強調したいからである。
もう1つの理由は、こちらのほうが重要な理由なのだが、「具体」と「抽象」という言葉の持つ意味を広げていきたいからだ。辞書で説明されている言葉の定義を広げることで、人間の思考とは何なのか? 頭のよさとは何なのか? ということがスッキリと理解できるようになる。ここからしばらく、《左》の世界と《右》の世界を紹介していこう。
具体的なことを《左》、抽象的なことを《右》に配置する。「具体」と「抽象」は上下関係ではなく、対等な関係だ《右》ほど長期的であり、《左》ほど短期的である。
具体的な《左》ほど一部分を指し示す個別のものであって、抽象的な《右》ほど全体を指し示す。ここでの「個別」「全体」とは、空間的な小ささ大きさのように受け取れるが、別に空間軸に限る必要はない。話を時間軸に広げてもいいのだ。
具体的な《左》ほど時間軸の一部、つまりは短期間のことを指し示し、抽象的な《右》ほど時間軸の全体、つまりは長期間のことを指し示す。
予定や目標を立てるときのことを考えてみよう。だいたい、短期の予定や目標ほど具体的で、長期の予定や目標ほど抽象的になる。
たとえば、「3ヶ月で5キロやせる!」というダイエットの目標を立てたとしよう。ではこの3ヶ月の目標のために今週何をするかと言うと、「10キロランニングをする」とか「今週アイスクリームを食べるのは1回だけに我慢する」とかいう具体的な行動だ。考える期間が短期になるほど、必要になってくるのは具体的な行動だ。
3ヶ月で5キロ痩せるのか、10年で20キロ痩せるのか
逆に今後10年ぐらいの長期を考えた場合、本当の目標は何だろう? 別に、10年で20キロやせるために3ヶ月で5キロやせる目標を立てたわけではないだろう。今後10年でアイスクリームを食べる回数を決めたいわけでもない。おそらくは、スタイルをよくしてもてたいとか、健康な体を作りたいからダイエットするわけだ。このように、考える期間を長期に延ばすと、目標は「もてたい」とか「健康」のように抽象的な言葉に変わってくる。
「今後10年健康であるために、まずは体重を3ヶ月で5キロ落とす。そのために今週はアイスクリームを1つしか食べない」と言うと自然だが、以下のように抽象と具体を入れ替えて言うと非常に不自然だ。「今後10年でアイスクリームを500個しか食べないために、まずは体重を3ヶ月で5キロ落とす。そのために今週は我慢する」
企業の目標でも、1年単位の短期目標は具体的な数値目標がよいとされるが、数十年単位の長期理念は抽象的にならざるを得ない。
「今年の目標は売上高50億円です」と言うのは具体的でよい。しかし、「20年後には売上高500億円を目指します」と言っても、数字は増えているのにもかかわらず、細かいお金しか見えていない懐の小さい会社に聞こえてしまう。
《右》ほど本質的であり、《左》ほど実用的である。
私がサラリーマンを辞めてビジネスの勉強をはじめた頃、「トップセールスが語る、売上を上げる14の秘密」という営業のセミナーに出たことがある。そこでは、初対面のお客さんと何を話すのかとか、購入を断られたときにどうするのかといったことが説明されていて、たぶん3時間ぐらいの内容で、確かに14個のテクニックが語られていたと思う。
最後に、質疑応答の時間があったので講師の方にこう質問した。「つまり、お客様との信頼関係を築くことが大事ということですか?」。講師の返事はこうだった。「その通りです」。なんと、3時間かけて説明された14個のテクニックは、「お客様との信頼関係」というたった9文字にまとめることができたのだ。
教育の目指すものは小手先のテクニックではない
自分が教える立場になってよくわかったのだが、ビジネスにしろ学校の勉強にしろ、先生が生徒に教えたいのは、場所や時代で変わらない「本質」である。小手先のテクニックではない。ところが、いくら「お客様との信頼関係が大事です」などと抽象的な言葉で語っても、それはなかなかうまく伝わらない。たとえ伝わったとしても、具体的に何をすればいいのかがわからない。
抽象的な《右》の世界ほど、少ない言葉で本質を表すことができる。古今東西、時代や場所が変わっても、その本質は変わらないという素晴らしさがある。「営業ではお客様との信頼関係が大事です」という本質は、日本でもアメリカでもフランスでも、時代がどんなに変わっても正しくあり続けるだろう。
ただし、この抽象的な本質は、そのままでは役に立たないという欠点がある。営業するときに知りたいのは、やっぱり初対面のお客様に何をしゃべればいいかとか、購入を断られたときにどうすればいいかというような、具体的なテクニックのほうだろう。そう、具体的な《左》の世界ほど、実用的であるというメリットがあるのだ。
少し余談になるが、人に何かを伝えるときは、「抽象的な本質」と「具体的な例」を両方伝えると非常にわかってもらいやすい。つまり、両方とも大事なのだ。
《右》ほど精神的であり、《左》ほど現実的である。
少しいじわるな質問をしよう。「1万人の命と1人の命、どちらが大切ですか?」。さて、あなたはどう答えるだろうか?
即答できた人はあまりいないと思う。もちろん1人の命より1万人の命のほうが重大に決まっているが、そう言い切ってしまうと非常に冷たい人間のように受け取られる。「命の重さは全員同じです! 比べることはできません!」と答えるのも正論であるが、議論から逃げている感じがする。
この質問にどう答えるかが、《左》と《右》のバランスである。1万人の命か1人の命、どちらかしか救うことができないとすれば、1万人の命を救うのが当たり前だ。もしあなたが迷わずこの考えを選んだとしたら、かなり現実的な《左》側で判断をしたことになる。
逆に、あなたがもしも「命の重さは同じです!」と即答したとしたら、かなり精神的倫理的な《右》側で判断したということだ。どちらの判断も正しい。現実的な価値観と精神的な価値観、どちらが正しいというわけではなく、多くの場合はそのバランスで悩み、最終判断をすることになる。
たとえば、ドクターヘリを1機増やせば離島に住む人々の命を救えるのだが、同じ予算で救急車を10台増やせるとしたらどうだろう? 現実的に考えて救急車10台のほうが多くの命を救えるので、救急車が優先されることになる。《左》に寄った判断だ。
同じ医療問題でも、倫理的な《右》が優先されるときもある。たとえば、難病の治療方法を探すために人体実験をすることは許されない。仮に1人を犠牲とする人体実験で1万人の命が救われるとしても、やっぱり許されない。
2つの対立概念をつなぐことが「思考すること」である
現実的な価値観と精神的な価値観の対立はよく起こる。そして、ほとんどの場合はバランスをとることになる。このバランスが「頭のよさ」だ。《左右》どちらかに振り切ってしまうと、よくないことが起こる。
効率と数字を優先させて、離島の人々の命を軽く考えてはいけない。反対に、より倫理的にスピリチュアルに考えれば、人の命もネズミの命も同じ重さだが、だからといって動物実験まで禁止すると医学は進歩しなくなる。
具体的になればなるほど、目の前の現実を見ることになる。抽象的になればなるほど、崇高ではあるが現実からは離れた理念を語ることになる。
ここで言う《左》の世界は、「現実的」のほかに「実際的」「実践的」「客観的事実」というような言葉が該当するだろう。《右》の世界は、「精神的」のほかに「倫理的」「理念的」「主観的真実」という言葉が該当する。
これらの現実的な《左》の世界と精神的な《右》の世界は対立することが多いが、必ずしも矛盾するわけではない。これら2つの世界をつなぐものが、まさに「思考」なのだ。
◇ ◇ ◇谷川祐基(たにかわ・ゆうき)
日本教育政策研究所代表取締役。1980年生まれ。愛知県立旭丘高校卒。東京大学農学部緑地環境学専修卒。小学校から独自の学習メソッドを構築し、塾には一切通わずに高校3年生の秋から受験勉強を始め、東京大学理科Ⅰ類に現役合格。大学卒業後、「自由な人生と十分な成果」の両立を手助けするための企業コンサルティング、学習塾のカリキュラム開発を行う。
著書に『仕事ができる 具体と抽象が、ビジネスを10割解決する。』『見えないときに、見る力。:視点が変わる打開の思考法』『賢者の勉強技術:短時間で成果を上げる「楽しく学ぶ子」の育て方 』(共にCCCメディアハウス)がある。
『賢さをつくる 頭はよくなる。よくなりたければ。』
谷川祐基[著]
CCCメディアハウス[刊]
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