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<デジタルを「うまく」活用すれば、顧客中心の対応ができる。顧客の経験を理解することがその第一歩だが、何をすればいいのか。ベストセラー『競争優位の終焉』著者リタ・マルグレイスの論考より>

理屈のうえでは、どんな企業もデジタル・テクノロジーで素晴らしい顧客体験をつくりだせるようになり、真の顧客中心組織になるという目標を達成できるはず。

だが大抵の場合、現状は理屈とは大きく異なっている。

たとえば、次の数字。

オンラインショップの「カゴ落ち」率 68.8%
(ベイマード研究所の2022年のデータより)

つまり、商品が欲しくなってカートにまで入れた100人の顧客のうち、70人近くは購入手続きを終わらせないまま、ウェブサイトを離れてしまうのだ。

なぜ、このようなことが起こるのか。この数字をどう捉え、どう対応すればいいのか。

ベストセラー『競争優位の終焉』(日経BP)の著者で、コロンビア大学経営大学院の経営学教授リタ・マルグレイスは、顧客が求める体験を実現するには顧客中心のサービスを目指したデジタル・テクノロジーの活用が欠かせないという。

そこで、このたび発売された『Duke CEマネジメントレビュー』(かんき出版)に掲載されているマルグレイス氏の論考から、一部を抜粋して紹介する。

同書の著者はアメリカの名門デューク大学フクア経営大学院の関連組織で、あらゆるレベルのリーダーを育成するためのリーダーシッププログラムを企業に提供している世界有数の教育機関であるDuke コーポレート・エデュケーション。

同書はDuke コーポレート・エデュケーションの執筆陣が寄稿している機関誌「Dialogue」から、特に重要な20本の記事を厳選してまとめたものである。

(以下より抜粋)

◇ ◇ ◇

(先のオンラインショップの「カゴ落ち」率が68・6%にのぼるという事態について)オンラインショップ運営者の立場になって考えてみよう。

あなたは、ウェブサイトの見た目や使いやすさがよくなるようお金をかけた。

買ってくれそうな顧客がウェブサイトを訪れるよう、マーケティング活動に力を入れた。買い物をする顧客が満足しそうな品ぞろえを実現した。

顧客がスムーズに購入手続きを進められるよう、決済サービスプロバイダーを導入した。ウェブサイトの安全性を高めるために、システムの保護に投資した。顧客の質問に答えられるよう、オンラインチャットの対応要員を待機させた。

どうやらすべてうまくいっているようだ。あなたのオンラインショップを訪れた人々はショッピング・カートにどんどん商品を入れていて、購入手続きまであとわずかなところまで来ている。

すると、そこで「何か」が起きる。

あなたが想像すらしていなかったかもしれないその「何か」が原因で、顧客は「あ、やっぱりもういいや」と思ってしまう。

それはもしかしたら、顧客は目当てのものをさっと買いたかっただけなのに、アカウント登録を求められたからなのかもしれない。

画面に示された決済方法の選び方が、わかりづらかったからかもしれない。

最後のほうで示された送料が、予想以上に高額だったからかもしれない。

購入したい商品の配送が、使いたい日に間に合わないからかもしれない。

購入手続きの進め方がわからずに、あきらめてしまったからかもしれない。

希望する決済方法にサイトが対応していなかったからかもしれない。

あるいは、ウェブサイトに不具合が多かったからかもしれない。

理由はどうあれ、顧客はすでに去ってしまったのだ。

顧客消費チェーン

何がおかしくなっているのかの分析に役立つ手法の1つに、私が「顧客消費チェーン」と呼んでいるものがある。顧客は何かを購入するにあたって、一連の非常に多くの行動をとる必要がある。それぞれの行動は、鎖(チェーン)の輪の1つとして捉えられる。

出発点は、自分が何を必要としているのか、顧客自身が気づくことだ。ちなみに、それはあなたも提供できるものだ。顧客は入手先を探し、候補を検討する。

その後、購入、支払い、契約といった行動に移るかもしれない。こうした行動の輪がつながったチェーンは、あなたの組織と顧客との関係を表しているものとみなせる。

次の顧客消費チェーンの図は、サービス業での一例だ。細かい点は省略して消費経験の全体像を示したチェーンでさえ、輪の数はかなり多くなる。

『Duke CEマネジメントレビュー』86ページより

このチェーンから、先ほどの問題が顧客の立場から見えてくる。

まず顧客は、このチェーンの初めから終わりまで、各段階がおおむね自然に次の段階へとつながっている、1つのまとまりとして認識している。

一方、あなたの組織の人々は、自分が任されている段階しか見ていない場合が多い。組織では効率性を考えて、同じ系統の仕事を同じ「部署」、つまり同じ業務上の区分にひとまとめにしてしまう。

すると、次のようによい面もあれば問題点も出てくる。

ファイナンス部は、顧客の信用度や完済までの期間などについては、すべて把握している
マーケティング部は、顧客が商品やサービスを実際にどうやって利用すればいいのかについては、何の知識も持ちあわせていないかもしれない
法務部は、将来的に責任を問われるかもしれない危険性から、あなたを守ることにかけては最高の手腕を発揮できるかもしれないが、彼らが使っている専門的な法律用語が顧客にどれほど冷淡な印象を与えているかについて、まったく気づいていない可能性がある
ウェブデザイナーやプログラマーは、あなたのウェブサイトのブランド戦略や位置づけは理解しているかもしれないが、そのウェブサイトを顧客の視点で見たことは一度もない

組織が一体となって顧客中心の対応をするために、デジタル・テクノロジーを活用する


デジタル・テクノロジーをうまく活用すれば、これまでのやり方を再考できる。

センサーを導入すれば顧客が消費チェーンを進んでいく様子をセンサーがモニターして、危険な兆候があれば知らせてくれる。評価指標をうまく定義できれば、組織は適切な先行指標に従って修正措置をとることができる。

たとえば、創業当初からデジタル・テクノロジーを駆使している「真の顧客中心主義組織」として有名なアマゾンを見てみよう。

巨大小売企業である同社については、コリン・ブライアーとビル・カーが著書『アマゾンの最強の働き方』(ダイヤモンド社)で実例をあげながら詳しく描いている。

同書では、顧客が消費チェーンをうまく辿れるよう、アマゾンが指標をいかに活用しているかが説明されていて、アマゾンの消費チェーンの輪の1つである「選択」についての例もあげられている。

ここでの顧客の行動は、商品を選んでオンライン上のショッピング・カートに入れることだ。

同社は、取り扱う商品を書籍以外にも拡大しはじめた当初、商品詳細ページを増やせば増やすほど、顧客により多くの選択肢を提供できて、売り上げも増加すると予想した。

そしてその指示のもと、小売りチームは新たな商品詳細ページを急激に増やしていった。だが残念ながら、それほど多くの選択肢を追加しても売り上げ(アウトプット指標)の向上にはつながらなかった。

さらに困ったことに、指標分析チームが調べたところ、小売りチームがページ数を増やすために、需要があまりない商品まで追加していたことが明らかになった。

そこで、指標分析チームは「指標」にする数値を「商品詳細ページの閲覧回数」、すなわち「ページビュー」に変えた。

だが、これも完璧な指標とは呼べなかった。顧客が、ある商品詳細ページに辿り着き、商品を詳しく見て買おうとすると在庫切れだったりするからだ。

その結果、また新たな指標が考え出された。

それは在庫のある商品のページビューだった。

このほうが役に立ったが、アマゾンの成功のカギと考えられていた要因「多くの商品が48時間以内にお届け可能」についての情報が盛り込まれていなかった。

結果、最終的に導入された指標は「在庫があり、即時発送可能で2日間以内にお届けできる商品の詳細ページの閲覧率」だった。

これはやがて「即時発送可能な在庫あり商品(ファスト・トラック・インストック)」と呼ばれるようになった。

この指標の特徴は、従業員が管理報告する必要もなければ、データの意味を読み取る必要もないという点だ。

つまり、従業員たちはそういったことをしなくても、やるべき仕事を自己管理で行って、顧客にすばらしい体験を提供できるというわけだ。

何をすべきかを指図する必要性をなくせば、従業員たちは、顧客にどんなよいサービスを提供できるかについて「上の承認が不要な」視点で考えられるようになる。

そう、あなたがいちいち管理しなくてもよくなるのだ。



『Duke CEマネジメントレビュー』
 デューク・コーポレート・エデュケーション 著
 尼丁千津子 訳
かんき出版

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