記者会見する日銀の植田和男総裁=東京都中央区の日銀本店(安元雄太撮影)

さあこれから宴会だという段階でテーブルに並べられた豪勢な料理を一斉に引き揚げる、それこそが中央銀行の役目である、とはかつて日銀トップがよく口にした。インフレになる前に金融を引き締めるべきとの信念である。植田和男総裁就任から1年たち、はっきりしてきたのは「古い日銀」への回帰である。時代錯誤ではないか。

植田日銀は先月、大規模金融緩和を打ち切った。大企業を中心とした春闘賃上げが大幅であることから、需要に押されて物価が上がる循環が生まれそうだという見込みのもと、「金利がある世界」へと舵(かじ)を切った。そして次は「金利が上がる日常」に回帰するため、追加利上げを匂わせる発言を繰り返す。

だが、いまだに実質賃金のマイナスが続いており、賃金、物価が共に持続的に上がる過程に入ったわけではない。上記のたとえ話で言えば、日本経済という名の「客」はまだ大宴会場に到着していないのに、料理を下げるぞと触れ回るようなものである。

植田総裁が一番気にしているのはどうやら、円安と物価上昇の双方に歯止めをかけることのようだ。9日の参院財政金融委員会で「為替は経済物価に影響を及ぼす重要な要因の一つ。政府と緊密に連携しながら引き続き為替市場の動向あるいは経済物価への影響について十分注視したい」「為替が経済、物価情勢に無視できない情勢を与えることもありうる。そういう事態になれば、金融政策対応を考える」と答弁した。

内心はそう思っていても、為替を理由に金利を動かすことをほのめかすようなことは、口が裂けても言わないのが、日銀幹部の伝統だった。為替は財務省の専管事項という不文律がある。そのうえに、仮に円相場の変動に対して日銀が政策対応するというふうに国内外で受けとめられると、日銀として自縄自縛に陥りかねない。ケースとしては逆になるが、1985年9月のプラザ合意後、円高、ドル安が進んでいたときに、米国のベーカー財務長官は日本の大蔵省(現財務省)を通じて、日銀に利下げ圧力をかけて踏み切らせた。前述の植田氏の為替に関する踏み込み発言に、内心ヒヤッとした日銀生え抜きOBもいることだろう。

グラフはマイナス金利が始まる前の2015年末と比べた日銀資金発行、国内銀行貸し出しと対外金融資産の増加額と、円の対ドル相場の推移を追っている。異次元金融緩和に伴う日銀資金の増発分に引き寄せられる形でそれに近いカネが海外向け投融資に向けられ、国内向け貸出増加額を圧倒する。22年は円相場が132円台、23年は141円台、そして最近では151円台と急落していく。円売りは主に海外勢を中心とする投機勢力だが、その原資が海外に流出、蓄積した異次元緩和、マイナス金利時代の余剰マネーで何しろ巨額過ぎる。日銀はよほど大幅で連続的な利上げに転じない限り、円売り投機を止められそうにない。(産経新聞特別記者 田村秀男)

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