法政大田中研之輔教授(本人提供)

 新年度スタートの4月は、新しいことを始めたいと思う人も多い時期だ。政府が今後5年間で1兆円を支援するというリスキリングへの関心も高まっているが、一歩を踏み出せない人も多い。どう始めたらいいのか。キャリア開発が専門の法政大キャリアデザイン学部の田中研之輔教授(47)に聞いた。【聞き手・道永竜命】

歴史的な転換 「人的資本経営」

 ――なぜリスキリングが必要なのでしょうか。

 ◆労働人口の減少により、企業は人材を(経営のために活用する)資源ではなく、投資の対象と捉えて価値を高める「人的資本経営」に移行しています。この歴史的な転換が最大の理由です。投資の対象である従業員のポテンシャル(潜在能力)の最大化を図るために必要なのがリスキリング施策であり、人的資本経営のエンジンの一つです。

 企業側は業務の一環として従業員に新しいチャレンジをしてほしいと考えるようになっています。従業員側も新型コロナウイルス禍以降、自分で人材的な価値を高めていこうという意識が強くなっています。リスキリングは技術的な面が注目されがちですが、社会的なミッションだと捉えた方がいいでしょう。こうした動きを政府や経済界が支援するのは当然です。

 ――どのように始めたらいいでしょうか。

 ◆みんなでデジタル分野の知見を学び直そうとか、何かの試験のスコアを上げようという話ではありません。世の中の変化を洞察して「次はこういうスキルが必要だ」と見立てて、それに向けて持続的に取り組んでいくことが大切です。

 具体的には、企業の中期経営計画のような「中期キャリア計画」を作りましょう。3年間で新しいスキルをどう身につけていくのかを描けば、リスキリングが自らのプロジェクトになります。私は「キャリアオーナーシップ」と呼んでいます。不動産や車のオーナーなら、自分の不動産や車を傷つける人はいません。キャリアも同じように「自分ごと」にすることが重要です。成長を会社任せにはしない、組織に預けていたキャリアの主権を取り戻して自分の価値を高めようと考えると、リスキリングが動き出すと思います。

 リスキリングのいいところは、始めるのに年齢や性別、これまでの職位・職務歴を問わないところです。

 ――ポイントは?

 ◆「自分は文系だから理系のことはできない」といったバイアスを外しましょう。働く経験が長くなるほど、できることが限られてきますが、異業種のリスキリングもありです。キャリア開発の知見として注目される「プロティアン型」は変幻自在を意味しますが、しなやかに自分のこれからのキャリアを見つめて主体的に挑戦しましょう。

 また、今までやってきたことを見直すだけでも十分です。1時間の定例会議を30分で済ます、通勤電車の一つ手前の駅で降りて、街やオフィスの様子を見ながら歩くことから始めてみましょう。

 ――案外気軽ですね。

 ◆好奇心を大事にしながら、成長領域と掛け算するようにしてプランを立てましょう。2週間に1回、5分間の時間を使って、「3カ月後こんなふうにありたい」と書きましょう。言語化すると、新しい挑戦ってできるものです。今の時期なら、ゴールデンウイーク明けまでに何か一つ「リスキリング」してみるといいでしょう。

 リスキリング 社会のデジタル化や技術革新など、時代の変化や市場のニーズに対応するため、新しい知識やスキル(技術)を得るための学び直し。2020年に世界のリーダーが集うダボス会議で「30年までに世界で10億人をリスキリングする」と宣言され、注目が集まった。

たなか・けんのすけ

 1976年生まれ。一橋大院博士課程(社会学)修了。米UCバークリー客員研究員などを経て、2018年から現職。プロティアン・キャリア協会代表理事を務める。

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