イトーヨーカ堂が新規株式公開の検討を開始。一方で2024年度には30店の店舗を閉鎖する(記者撮影)

「IPO(新規株式公開)なんて非現実的。リストラが続くヨーカ堂社員に向けた一種のパフォーマンスだろう」。セブン&アイ・ホールディングスの関係者はそうこぼす。

4月10日に開かれた2024年2月期(2023年度)の決算会見。セブン&アイは傘下の総合スーパー、イトーヨーカ堂を含むスーパーストア事業のIPOに向けた検討を始めたと発表した。昨年にグループの食品スーパー、ヨークと合併したイトーヨーカ堂のほか、首都圏に高級スーパーを展開するシェルガーデン、東北地盤のヨークベニマルなど、スーパーストア事業各社をぶら下げる中間持ち株会社を設立し、「最短で2027年の上場を目指す」(井阪隆一社長)という。

「分離ではない」が連結除外を想定

スーパーストア事業を巡っては、昨年までアクティビスト(物言う株主)であるアメリカの投資ファンド、バリューアクト・キャピタルがグループからの分離を求めるなど、外部からの改革圧力が強まっていた。セブン&アイは従来、「ヨーカ堂が持つ食の品ぞろえや商品開発の知見が、中核であるコンビニ事業の優位性につながっている」とグループからの分離を否定していた。

10日の会見でも、井阪社長は「将来的なグループからの分離は考えていない」と強調した。その一方、IPO後にセブン&アイが持つスーパーストア事業会社の株式の割合については、「(食分野での協議継続には)15%未満ではだめ」と言いつつ、「連結にはこだわらない」とも話した。

実は井阪社長は、これまでもヨーカ堂上場の可能性を示唆していた。今回の発表に意義があるとすれば、実際に取締役会での検討に入ったことや、2027年という時間軸が示されたこと、そしてヨーカ堂がセブン&アイの連結から外れうると公言したことだろう。

セブン&アイは同時に、国内と海外のコンビニ事業のマネジメント体制統合など、今後の組織改革の方向性も発表した。セブン&アイは資本効率の低さを指摘されており、中核事業への経営資源集中という方向は、同社の成長戦略としては評価できる。

他方で、IPOによって自立経営を目指すのがヨーカ堂の成長戦略というのは、あまりに前提を欠いた議論だろう。ヨーカ堂の現状を冷静に見れば、IPOの検討の段階にあるとは到底言えないからだ。

セブン&アイは首都圏スーパーストア事業のEBITDA(利払い前・税引き前・償却前利益)を2025年度に2022年度比3倍の550億円にする「公約」を掲げている。「現時点では550億円に向けて、3分の2の達成を確実視している」(丸山好道セブン&アイ最高財務責任者)。しかしその内容は人員削減やIT投資による効率化に伴う経費削減策が中心。公約達成には営業力強化による売上・利益増も求められるが、その道筋は見えてこない。

ヨーカ堂の2023年度の既存店売上高は、直営売り場部分が前期比マイナスに沈んだ。最も気になるのは、中核と位置付ける食品でも同1.2%減となったことだ。山本哲也イトーヨーカ堂社長は、「価格敏感層の離反や外食産業への流出があった」と分析する。

ヤオコーやライフコーポレーションなど、食品スーパーで勝ち組とされる企業は、総菜などで高付加価値品を強化する一方で、低価格帯の品ぞろえも充実させ、消費の二極化に対応している。他方、ヨーカ堂は本部主導のリストラ策に終始、政策が一方向に偏り、消費者の変化に対応する余裕がないようにみえる。

会見後、記者団に囲まれる井阪隆一セブン&アイ・ホールディングス社長(撮影:今井康一)

こうした状況の中で、今2024年度は公表済みの24店舗を含め、計30店の「イトーヨーカドー」を閉店する。「従業員の士気低下は避けられず、トップラインを計画通り引き上げることは難しい」(証券アナリスト)。現状ではIPOはおろか、2025年度の公約達成も厳しいという見方がもっぱらだ。

昨年、セブン&アイが株式譲渡を強行し、従業員によるストライキにまで発展した百貨店のそごう・西武では、「お客がついている外商部門を中心に退職者が増えている」(そごう・西武関係者)。

ヨーカ堂では今年2月、45歳以上の社員を対象に早期退職希望者を募り、正社員の約1割にあたる700人程度が同社を去った。人手不足が深刻化する中で、今後も若手世代を含めて社員の流出が続く可能性がある。ある食品スーパーの首脳は、「ヨーカ堂の社員は経験が豊富。積極的に獲得に動いている」と打ち明ける。

現役幹部「社内に驚きの声はない」

そんな中でのIPO検討という発表。冒頭の関係者の発言は、IPOの実現可能性を横に置いた、ヨーカ堂社内に向けたパフォーマンスにしか見えない、というわけだ。

「分離しない」と言葉では強調しつつ、連結から外すという戦略は、アクティビストが主張してきた内容と結果的には大きく変わらない。今回の発表は、株主総会を前にセブン&アイの経営陣がアクティビストに対して先手を打ったと見ることもできる。

ヨーカ堂の現役幹部は、「IPOという話は前から言われてきたことであり、社内に驚きの声はない」と冷めた口調で語る。今、ヨーカ堂に求められているのは、営業力強化を伴った2025年度の公約達成であり、IPOなどはその後の話だ。ヨーカ堂、そしてセブン&アイ経営陣の胆力が試されている。

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