所得税がかかり始める「年収103万円の壁」は、パート従業員の労働時間抑制につながっていた。人手不足に悩む経営者は、「壁」の引き上げをどう受け止めているのか。
東京下町の観光名所「東京スカイツリー」(墨田区押上)。最寄り駅から歩いて3分ほどの場所にある「スーパーイズミ業平(なりひら)店」は、昭和の香りが漂うレトロな店内に、新鮮な野菜や果物が並ぶ地元で人気のスーパーだ。
冷え込みが強まってきた12月中旬の夕方。買い物をする仕事帰りの会社員や主婦らに交じって、パート店員が商品の陳列作業に追われていた。
「いやあ、人手が足りなくて。ギリギリでやっているからね」
この店を経営する五味衛社長(65)は年末に向け、人繰りの厳しさをひしひしと感じている。年末は売り上げが普段の倍になる繁忙期。スーパーイズミはこの店と浅草店(東京都台東区)で計28人のパートを雇っており、このうち4人は「103万円の壁」を超えないように勤務時間を調整している。年末にどれだけ店が忙しくなっても、「壁」の存在によって4人には働いてもらうことができない状況だ。
日本スーパーマーケット協会が2023年春に、加盟12社に実施したアンケートによると、食品スーパーで働く計約3万3000人のパート従業員のうち、半数が就業時間や日数を調整していると回答している。年収をいくらまでに抑えるかについては、52・7%が「103万円以下」と答え、29・1%は住民税がかからない「100万円以下」と回答した。
スーパーイズミでは、今年に入り、9月と11月にパートが1人ずつ辞めたが、補充ができておらず、例年以上に人手不足感が強い。「最低1人は必要」と、東京都の最低賃金「1163円」に近い時給で募集をかけているが、応募してくる人は少ない。これから辞める予定の人もいるという。
時給引き上げも頭をよぎるが、五味社長は「新しい人の給料を上げるとなれば、今働いている人たちの賃上げも考えないといけない。そこが難しい」と語る。
年収の壁の引き上げで労働時間を調整する必要がなくなり、人手不足対策になることが期待されている。帝国データバンクの調査では、1691社のうち67・8%が「壁」の引き上げに賛成し、21・9%が撤廃すべきだと回答。約9割が壁の見直しや撤廃を求めた。
与党税制改正大綱で「壁」は123万円に引き上げられることが明記された。だが、スーパーイズミの五味社長は150万円くらいまでは上がると思っていたという。「期待外れ。ちょっとは助かるが、『働き控え』が解決する額ではない。正直がっかりだ」と話す。
一方、「103万円の壁」が崩れても、企業にとっては社会保険料の負担が増える「106万円の壁」や「130万円の壁」も立ちはだかる。
社会保険料は労使折半が原則で、この壁がなくなれば企業の負担は増える。日本商工会議所の小林健会頭は「特に小規模事業者にとっては非常に大きな負担になる」と指摘。経団連の十倉雅和会長は、103万円や106万円の壁を「個々に議論するのではなく、税や社会保障、財政規律の問題をトータルで議論してほしい」と訴える。
年収の壁を巡る経営者の悩みは今後も続きそうだ。【加藤結花、道永竜命】
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