折角、市場が織り込みつつあった日銀の12月利上げが、ここに来て、見送られるとの見方が広がってきました。アメリカ経済や賃上げの動きをもう少し見極めたいというのが、日銀の考えだと伝えられたためです。これを受け、為替市場では1ドル=152円台まで円安が進みました。何とも、もったいない話です。

植田総裁がインタビューで「近づいている」

11月末以来、日銀の12月利上げ観測が一気に高まりました。日銀の植田総裁が日本経済新聞のインタビューに応じ、追加利上げの時期について、データがオントラック(想定通り)という意味では、近づいている」と述べたことが伝えられたからです。

「近づいている」という言葉だけでなく、次の金融政策決定会合である12月19日まで3週間を切るタイミングで、植田総裁がインタビューに応じたこと自体、利上げを織り込ませようとしているのだと、市場関係者が受け取ったのは自然なことでした。

7月の利上げの際には、市場にサプライズを与え、不測の混乱を招いてしまっただけに、今回は植田総裁自ら、市場とのコミュニケーションに努めているのだろうと、私も思いました。

一転、日銀は慎重姿勢との見方広がる

ところが12月4日になって、時事通信が「日銀、米経済など慎重に見極め=年内利上げ見送りも」と報じたのを手始めに、メディアや日銀ウオッチャーから相次いで、日銀はアメリカ経済の先行きや賃上げの動きをもう少し見極めたいという考えだ、という情報が相次いで伝えられるようになりました。

「7月と違って、急いで利上げしなければならない状況にはない」というのが、日銀の認識だとか、日銀は少数与党の石破政権に気を遣って、「税や予算が大詰めを迎えている時期に、波乱要因になりたくないのだ」といった「解釈」も広がりました。

確かに植田総裁も、先の日経インタビューで、「来年の春闘がどういうモメンタムになるか、それは見たい」、「米国経済政策の先行きには大きなクエスチョンマークがある」とも発言していました。この手のインタビューでは、どちらとも取れる文言をちりばめるのが普通ですが、今度は慎重な言いぶりの部分に光が当たった形です。

利上げ先送りで円安進む

こうして12月第2週に入ると、逆に、12月利上げ見送り説が市場では優勢になり、追加利上げは1月か3月、といった見方が広がっているのです。植田総裁インタビューを機に市場に広がった利上げ説を、水面下の情報発信で日銀が事実上、大きく引き戻した格好です。

「日銀の変節」にも見える急展開に、為替市場は反応し、11日には1ドル=152円台後半に、13日には153円台まで円安が進みました。利上げをテコに異常な円安を修正することこそ、今の日本のマクロ経済政策に求められる優先課題のはずですが、折角の芽を摘んで、反対に円安を後押しする結果です。一体、何のために市場との対話をしているのかと、言いたくなります。

マイナス金利視野のスイスフランにも大幅安

為替市場を見れば、利下げが既定路線のヨーロッパ通貨に対しても円安が進んでいます。1ユーロは再び160円台に逆戻りです。円と同じキャリートレードの対象となるスイスフランに対しても、直近の高値である168円台から173円台へと急落しており、海外勢にとっても、「日銀の変節」観測がサプライズであったことをうかがわせています。

スイスは景気悪化を受けて12日に0.5%の大幅利下げに踏み切りました。政策金利は4回の利下げで0.5%にまで下がっており、スイス中銀のシュレーゲル総裁は「マイナス金利の可能性も排除しない」と危機感を露にしています。そんな金利先安観のあるスイスフランに対してさえ、円安が進行するのですから、円安リスクは深刻だと見た方が良いと思います。

1月以降、利上げできる環境か

日銀は、12月に利上げを見送った場合でも、経済データがオントラック(想定通り)であれば、1月か3月には、利上げに踏み切る構えのようです。しかし、私には「12月は時期尚早で、1月か3月なら利上げ可能」という理屈がわかりません。

確かに春闘の行方は時間が経てばそれだけ確かなデータが手に入りますが、大企業の回答は3月半ばまで待たなければなりませんし、すでに労働組合の要求の数字は、徐々に明らかになっていて、12月と1月で大差はありません。

アメリカのトランプ次期政権の経済政策の先行きなど、トランプさんのハラ次第、いつまで待っても不透明なことは、1期目を思えば明らかでしょう。来年1月の決定会合は24日と、トランプ大統領就任式である1月20日の直後です。むしろ不透明さは今より増しているかもしれません。

いつまでも利上げできる環境が続く保証などないように思えます。

播摩 卓士(BS-TBS「Bizスクエア」メインキャスター)

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