「箸」は日本の食文化に欠かせないが、誰だって子どものころは使いこなせなかったはず。家や学校でスパルタ特訓を受けた、苦い記憶がある人も多いだろう。しかし、箸の“持ち方”をすっかりマスターした大人でも、割り箸の上手な“割り方”までは意識していないのではないか?力学に詳しい専門家に話を聞くと、誰でもきれいに割れる“ワザ”を伝授してくれた。
昨今ではエコへの配慮で、洗って繰り返し使えるプラスチック箸の導入も増えている。とはいえ、まだまだ割り箸は現役選手だ。それゆえに筆者が味わった“悲劇”をご紹介したい。
あるとき友人と訪れたラーメン店には、木製の割り箸しかなかった。「いただきます」と両手を合わせたのち、いざ箸を割ろうとするも、目の前の1杯が楽しみすぎて勢い余ったのか、片方がベキッと折れてしまったのである!
これでは短くて握れないのと、店の備品(&地球の資源)を粗末にしてしまった申し訳なさのダブルパンチで、思わず「マズい…」と漏らした筆者。すると友人が、周りに聞こえないよう「いやー、これウマいな!」と、慌てて声を被せてきた。
そうか、飲食店で「マズい」なんて口にすれば味への文句と捉えられてしまう…。友人の機転のおかげで筆者は失礼な客にならず済んだわけだが、箸を一発で割れなかった自分を、あれだけ恥じたことはない。
そこで今回は、ホンダで自動運転車などの開発責任者を歴任し、現在は電動モビリティシステム専門職大学の教授・学長上席補佐に就任している古川修さんに取材した。古川さんは食文化にも造詣が深く、割り箸を上手に割るコツも、学問的に説明できるのだという…。
割り箸は水平に、利き手が下になるよう持つべし!
「割り箸をきれいに割るためには、とある“力”のバランスに注意しなくてはなりません。まずは割り箸を、利き手が下になるようにし、水平に持ちましょう」
──さっそく実際にやってみます。自分は右利きなので右手が下、左手が上ですね。
「次に、割り箸の先端から指3本分くらいの位置を、反対の手で少しずつ上に引っ張ります。1、2、3、4、5…と数えるイメージで、ゆっくり静かに割るのがコツです」
──これだけ割り箸と真剣に向き合うのは初めてで緊張しますが、左手を恐る恐る持ち上げてみると…おお!確かに、ここ最近で一番きれいに割れました!どのような仕組みなのでしょうか?
「物体が外部から力を受けると、内部に『応力』というものが生じます。割り箸を割るときは、箸の股(割れ目)から応力が発生し始め、それが根元(持ち手側)までだんだん伝わっていく結果、二つに割れるわけですね。
きれいに割れるかどうかは、2本の箸の間を応力がまっすぐ水平に進むことができたか、それとも2本のどちらか片方に傾いてしまったかで決まります」
──「応力」と聞いた途端、割り箸を割るだけの日常動作が、なんだか一気に奥深く思えてきました…。もう少し詳しく教えていただけますか?
“利き手”と“反対の手”の役割分担がカギ
「応力とは、材料力学の言葉です。割り箸はもともと、製造上のばらつきで、完全な左右対称にはつくられていません。そのせいできれいに割りにくいという事情もあるのですが、やはり、私たちがどのように割るかどうかも影響してきます。
ポイントは、割り箸の2本両方に、応力を均等に伝えてあげることです。そのためには急激な力ではなく、静的な力を、徐々にかけていくようにしてください。
先ほど、利き手が下になるように割り箸を持っていただきましたよね?それはなぜかというと、私たちは利き手のほうが、反対の手よりも動きが激しくなってしまいがちだからです」
──なるほど…利き手は自由に扱いやすい分、静的な力をかけるのには、かえって不向きということでしょうか。
「はい、利き手はあくまでも割り箸を支えるだけにとどめましょう。そうすると、あとは反対の手を動かすことだけ考えればよくなるので、箸を引っ張るときに余計な力が入らないようコントロールしやすくなります」
──続いて、“割り箸の先端から指3本分くらいの位置”というアドバイスの真意は?指2本分や4本分ではいけないのでしょうか?
なぜ“指3本分くらいの位置”を狙うのか?
「繰り返しになりますが、割り箸は製造上のばらつきで、2本のどちらかが太く、もう片方が細くなっています。先端に近すぎる位置から引っ張ると、太さの違いによるアンバランスで応力が斜めに傾いてしまい、上手く割れないのです。
逆に根元側から引っ張ると、割るのに強い力が求められるため、ゆっくり静かに…とはいかなくなります。私もいろいろ試行錯誤したところ、応力が釣り合うためには、“先端から指3本分くらいの位置”がちょうどよいと判明しました」
──自分は今まで、割り箸の先端に近い位置を、スパッと勢い任せに引っ張っていました。何もかも間違っていたとは…。応力と聞くと身構えてしまいそうになるものの、手順は意外とシンプルですね。
「この“ワザ”は、食べ物に詳しい人でも知らないことが多いですよ。もっとも、安くて粗雑な割り箸だと、きれいに割れないこともあるのですが…」
左右ではなく上下に割るべき“納得の理由”
──ところで、割り箸を縦に持って左右に割る場合でも、今のワザは応用できるのかどうか気になります。
「同じように“ゆっくり静かに”を実践できれば、左右に割っても成功の可能性はありますが、オススメはしません。
なぜなら割り箸を縦に持つと、支えるほうと引っ張るほうとで、手の動きを左右両方とも気にしないといけないですよね。これは人間工学の観点からいうと、水平に持って上下に割るときに比べ、力のコントロールが難しくなってしまうのです」
そもそも割り箸を左右に割るのは、隣の人や近くの食器に手が当たって迷惑になるかもしれないため、マナー違反だという声もある。割り箸を水平に持って割るのは、マナーの面でも、そして材料力学や人間工学の面でも合理的なようだ。
古川さんへの取材を終えてからというもの、割り箸を割るときは脇を締め、利き手をしっかり固定するクセが身についた。そして「指3本分、指3本分…」と心の中で唱えながら精神統一し、反対の手で、そっと箸をつまみ上げていく。パキッと軽やかな音が響き、美しい断面が顔を見せてくれたときの爽快感はたまらない。
自己満足といえばそれまでだろうし、つい先日も、不格好に割れてしまい「今日は不吉ですね」と人に笑われたばかりだ。ただ、回数を重ねるごとに“ワザ”の精度が高まっていくのがわかり、日々の食事とチャレンジを楽しめている自分がいる。あのラーメン店での悲劇は、もはや喜劇と割り切ってしまおう。
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