第一次世界大戦中、祖国に帰れないまま広島で死亡したドイツ人捕虜の追悼式が9日、開かれました。
比治山陸軍墓地には、ひとりのドイツ人捕虜、オットー・パーペさんの墓があります。
追悼式は、広島経済大学の竹林栄治教授のゼミが開催し、ドイツ大使館の武官も参列して花輪を捧げました。パーペさんは中国で捕虜になり似島収容所に入れられましたが、祖国に帰ることなく33歳で死亡しました。
広島経済大学2年 西村航一さん
「最後は自分の国に帰って、家族と暮らしたかったのだと思う」
追悼式では、竹林教授に届けられた、別のドイツ人捕虜の健康診断書が公開されました。
名前があるフリッツ・リートケさんは「健康状態良好」と診断され、帰国できたということです。
広島経済大学 竹林栄治教授
「世界中にはまだまだ戦争、紛争はなくなっていないので、人ごととして考えないことが重要」
「毎日の努力なしに平和はない」と語る参列者もいて、似島にいた2人の捕虜の運命に思いをはせていました。
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