新潟市出身で女子プロレス界を長年けん引してきた里村明衣子さんが、来年4月に引退。そして、11月9日には新潟市体育館で新潟でのラストマッチに挑みます。
そこで今の胸の内や、これまでのプロレス人生について聞きました。新潟が生んだ“女子プロレス界の横綱”が見せた涙のわけとは…(聞き手:BSN新潟放送 黒崎貴之キャスター)
“女子プロレス界の横綱”2025年4月に引退へ
―お久しぶりです。よろしくお願いします!
「よろしくお願いします!」
新潟市出身の女子プロレスラー、里村明衣子さん(44)。
現在、センダイガールズプロレスリングの社長兼選手として活躍する里村さんは、およそ30年に渡り女子プロレス界を引っ張ってきました。
その強さについた呼び名は”女子プロレス界の横綱”。
最近ではアメリカの世界最高峰のプロレス団体ともいわれるWWEに挑戦。2021年には選手兼コーチの契約を結びました。
そんな順風満帆なレスラー人生にも見える“女子プロレス界の横綱”里村さんは、来年4月に引退することを決断しました。
―里村さんが引退を決断したきっかけは?
「このままの状態で全部掛け持ちはできないなと思って…この先、長くやっていけることを選択しようと思ったときに、もう現役をやめようと」
そこには海外挑戦から見えたものがありました。
WWEでのプロデューサーやコーチの仕事を見て、気持ちが動いたと言います。
「私のプロデューサーとかコーチ、その人たちは元プロレスラーで、プロレスラーからプロデューサーになったりというのを見て『私もこの先、こういう立場でやっていきたいな』というのが一番でしたね」」
“史上最年少”15歳でデビューして…
1995年、15歳と“史上最年少”でデビューした里村さん。
BSN新潟放送には、当時の映像が残っていました。
【当時のインタビュー】
―なんでこの世界に入ろうと思いました?
「やっぱり、厳しい世界に入りたかったので」
―女子プロレスラーは昔から興味があったんですか?
「いえ、中学2年生からです」
当時、柔道をやっていた里村さん。新潟市体育館で初めて見た新日本プロレスの試合に衝撃を受け、女子プロレスラーを目指しました。
「遊びたい気持ちはあるんですけど、今厳しい練習に耐えれば、いつかは絶対スターになるので見ていてください」
里村さんは当時を振り返り、「当時は本当に厳しかった」とつぶやきました。
それでも乗り越えられたのは…
「当時は外出も禁止でしたし、師匠の指導も厳しくて…今でもよく覚えています(笑)。でも、1つの夢があると何でも我慢できましたし、何でも乗り越えられましたね。今になっても別にあの時遊ばなくても、つかむものをつかんだので。何の後悔もないです」
師匠・長与千種
里村さんの当時の師匠は、配信ドラマ『極悪女王』で話題となっている長与千種さん。里村さんへの期待は大きかったようです。
長与千種さん(1995年のインタビュー)
「今は雑草ですから、雑草も踏まれて強くなって、絶対にいい花咲かせますから。あとは彼女次第ですね」
その思いにこたえるかのように、里村さんはけがや挫折を乗り越え、スター街道を駆け上りました。そして、2001年にはタイトルを奪取。一躍トップ選手に昇り詰めました。
しかし所属した団体『GAEA JAPAN』が2005年に解散。女子プロレス界に“冬の時代”がやってきました。そんなタイミングで、里村さんは拠点を仙台市に移し、『センダイガールズプロレスリング(仙女)』の立ち上げに加わりました。
「2005年は女子プロレス界は本当、一番下火になって。いろんな団体が解散し、選手がいなくなったときに仙台で団体(仙女)を始めた時は、もうそれこそみじめでしたよね。いろんなものが厳しかったです」
里村さんや後輩レスラーの活躍もあり、センダイガールズプロレスリングは徐々に人気団体になっていきました。
しかし、2011年3月11日でした…
東日本大震災と“財産”
拠点である仙台市も大きな被害を受けた東日本大震災。プロレス興行はキャンセルが相次ぎました。道場も手放さざるを得なかったといいます。
里村明衣子さん
「選手たちは約1年、道場がない状態でしたね。私もつらい思いをいっぱいしましたし、選手もつらかったと思います」
拠点を失いながらも、センダイガールズのメンバーが行ったのは被災者の激励。
『仙台を元気にしたい』その一心で仮設住宅などを回りました。
「立ち上がる人が立ち上がって、引っ張っていくことが大事なんじゃないかなと、あの時は思いましたね。先の不安はありましたけど、自分が一からちゃんとやらなきゃいけないという覚悟も持てて。そこでもう19年ですよね。本当に皆さんのおかげで、ここまで来られたなと思います」
震災や大けがなどを経験し、順風満帆にはいかなかった仙台での生活。
ただ、この19年で“大きな財産”を残しました。
橋本千紘選手
「センダイガールズをまずは一番の女子プロレス団体。そして、世界一の団体にしたいと思っています」
頼もしい後輩レスラーの存在です。
里村さんがWWEに参戦して不在となる間も、団体を引っ張ってきました。
―後輩たちはどんな存在?
「本当に自分自身誇れます。1人1人がちゃんと実力を持って、プロレスラーとして活躍してくれているので、そこはすごく私の誇りですね」
インタビューで里村さんは時折、目を細めながら後輩たちの活躍について嬉しそうに話してくれました。そして、あらためて引退について話を聞くと…
「いや…ちょっとすいません…」
里村さんの目には涙が…
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