増え続ける「いじめ重大事態」。被害児童が不登校になった重大事態の場合は、原則、学校が調査を担うことになっています。都内の公立小学校に勤める校長は、4年前、この「いじめ重大事態」に直面しました。教員の認識の甘さや情報共有の問題などで深刻化してしまったといういじめ。大きな心の傷を受けた児童への申し訳なさや責任を感じています。一方、加害者と被害者の間に立っての3年にわたる調査で、校長自身も疲弊したと語りました。
校長「今でもこうやって話をしてると実は涙が出るんですよ」
「いじめの重大事態」とは、いじめにより、子どもの生命や心身・財産に重大な被害が生じたり、長期の欠席を余儀なくされたりした疑いのあるケースを指します。
10月31日に、文部科学省が公表した2023年度の「いじめの重大事態」は、1306件と前年比1.4倍で大幅に増加。過去最多を更新しました。この国では年間を通じて、1日に約3.6件のペースで、いじめの重大事態が新たに“発覚”しているのです。
*第1号「いじめにより生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき」
第2号「いじめにより相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき」
加害者と被害者の言い分が真っ向から対立…難航する調査
いじめが発覚したのは、不登校になった児童の保護者からの訴えでした。校長は、自治体の教育委員会からの指示で、いじめ重大事態として調査を始めたものの、いじめの内容や、不登校に至った原因などで、加害者側と被害者側、当事者たちの言い分が真っ向から対立しました。
校長「『校長先生は被害者の味方なんですか?』『私たちの味方ではないんですか?』。加害者側と被害者側の両方の意見を聞きながら、どうやって着地点を見いだしていくのか。今、そうでなくても学校の教職員はかなり過重な負担を強いられています。いじめ重大事態となり、しかも調査は学校が主体でとなると、さらに大変です。私たちは法律の専門家ではありません。着地点をどこに見出すのか。被害者とされているお子さん、加害者とされているお子さんがいて、それでも学校生活は続きます。調査は誰がマネジメントするのか。誰が着地点を見出すのか。すごく課題は大きいと思っています」
校長の残業は過労死ラインをはるかに超えて、月180時間になる時も。土日も対応に当たり、心身に不調をきたしました。
約3年かけた調査報告書づくりでも納得が得られず…心身に不調が
校長「報告書作りには約3年かかりました。調査を始め、それをもとに何度も聞き取りをして、聞き取ったものを教育委員会に報告して、齟齬がないかを確認して…。本当に大変でした。被害者とされる保護者と加害者とされる保護者の双方が納得するような結論には、どうしても至らなかった。それでも報告書として、校長が最終的にはまとめなければならないのです。学校長の仕事はもちろんそれだけではなく、その他にも、不登校気味の子どものケア、そして教員たちも守らなければいけません。私自身を守ってくれるのは、一体どこにあるのかなって思ったときに、やはりこれはもう早急に自分がちゃんと自分のメンタルを立て直さないとたくさんの人たちに迷惑をかけてしまう。たくさんの人に心配をかけてしまう。それは避けたいことだったので、医療機関に行って服薬をしながら、その対応をしていました」
文部科学省が8月に改訂した「いじめ重大調査のガイドライン」には、不登校による重大事態の場合、原則、「学校主体で」とありますが、
▼被害者と加害者の主張が異なるケースや
▼保護者の不信感が強いケースなどは
学校以外の専門家(弁護士など)が加わる「第三者委員会」方式で調査するべきだとされています。
校長は自治体に対し、第三者委員会による調査を求めましたが、断られました。
自費で弁護士を雇うことまで提案したが…
そこで最終的には自費で弁護士を雇うことまで提案しましたが、それも断られたと言います。
校長「自分の身を守る意味でも本当に精神的に本当にもう崩れかけていたので学校経営ができなくなるよりかは、自分が個人的にこういった学校問題に卓越した弁護士の方をお願いして、その方に介入していただいて、着地点を見出そうと考えたのです。教育委員会に何度言っても、“調査の主体は学校だ”と返されていたので。学校の管理下で起きたことなので、私、校長の責任として、自費で弁護士を雇いたいという提案でしたが、“それはできない”と言われました。“逃げ”かもしれませんけど、自分のメンタルを正常に戻したかったのです」
教育委員会が弁護士など第三者に助けを求められないのは…
専門家は、費用の大きさから自治体が第三者委員会による調査をためらう現状があると解説します。
多数のいじめ調査を経験してきた森田智博弁護士
「第三者委員会の委員には報酬を支払わなければなりません。例えば弁護士だと日当形式で支払われることがあり、通常、1日1万1000円~1万2000円です。ところが、報告書を書くとなると60ページとか100ページを超える場合もあります。それをほぼ弁護士が負担するとなると、少なく見積もっても50時間から100時間かかります。でも会議への出席が15回なら約15万円の報酬しか払われませんから、かなり“手弁当の仕事”になります。なので、それを解消するために1時間当たり1万5000円~2万円は出してくださいという交渉をしている弁護士会が多いと思います。ところが自治体からすれば、一つの第三者委員会が立ち上がって100万円規模の予算がかかると、ちょっと用意できませんよね。そうなると学校現場の人にやらせようっていう話になりがちだと思います。国は自治体任せだなと思いますね。国が自治体にお金も用意しろと言うのは、かなり厳しいと思います。校長先生から見れば、なんで自治体が予算を用意してくれないんだってなるだろうし、自治体からすれば国がどうにかしてくれないかなと思うでしょう」
国は、自治体任せにせず、予算を確保して対応すべきだと強調しました。
この点について文部科学省児童生徒課の仲村健二生徒指導室長に聞くと、「そうした声もあるが現在の法律では自治体予算で取り組んでもらうしかない。自治体によっては、補正予算を組んで第三者委員会による調査を行うところもある。常時、第三者的なメンバーを用意している自治体もある。財政基盤の違いもあって自治体により対応の格差があるのだろう」とコメントしています。
重大事態の調査は大変 だからこそ重大化しないように…
森田弁護士は、そもそも重大事態が起こらないようにするために本来は予算をかけるべきだとも主張します。
多数のいじめ調査を経験した森田智博弁護士
「何事も早めであれば、簡単な調査で済むじゃないですか。だから早めに、いじめが学校で発見されたときに、早めに調査しちゃって、深刻化しないようにということは大事ですね。多くのいじめ重大事態報告書を読むと、もう何年にもわたっていじめが繰り広げられ、繰り返されていて、いじめの芽が、ずいぶん前にあったと書かれている。早く調査をしていれば、そんな壮大な報告書は不要だったわけで、どう早期にアプローチするかっていうのが大事です。なので、調査よりもやっぱり予防にどれだけ力を入れるかってことが重要になってくると思います」
増え続けるいじめ重大事態。課題は山積しています。
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