衆院選と同時に最高裁裁判官の国民審査が実施される。「裁判官の考えや人柄に触れる機会にしてほしい」と、12年前に「マチ弁」(街の弁護士)から最高裁裁判官になった山浦善樹さん(78)は強調する。「法律は無味乾燥な条文。それをどう解釈するかは、裁判官の人生観や価値観が大きく反映される」。胸に残るのは、自身が審査を受けた際に届いた1枚のはがきだ。(三宅千智)

 国民審査 最高裁裁判官が職責にふさわしいかどうかを国民が審査する憲法上の制度。任命後、最初の衆院選時に審査対象となる。有権者は辞めさせたい裁判官の欄に「×」を記入し、有効投票の過半数となれば罷免される。何も書かないと信任したとみなされる。「○」を含め「×」以外を記入すると無効。信任されると10年間は審査対象から外れる。1949年に始まり、過去25回で罷免された人はいない。

◆マチ弁として感じてきた率直な思いを

 山浦さんは東京都内に事務所を構えて約30年弁護士を務め、2012年3月に最高裁裁判官に就任。同年12月に審査を受けた。審査前、裁判官の経歴などを記した審査公報が各世帯に届く。山浦さんは過去の公報を読み、違和感を覚えた。「『公平に』と書いてもほとんど意味はない。『私、不公平にやります』なんて裁判官はいないもの」

インタビューに答える元最高裁判事の山浦善樹弁護士=7日、東京都千代田区で(市川和宏撮影)

 型どおりの言葉ではなく、自分の思いを伝えたかった。「市民は本当に法律によって守られているのか」「裁判記録の中から、闘う武器を持たない市民の悲鳴を聞き出すことに全力投球することが大切だ」。マチ弁として感じてきた率直な思いを、公報につづった。  趣味として「モーツァルト」と記し「仕事で疲れたときなど、モーツァルトを聞くと、モーツァルトさんが隣に座って話しかけてくれるから不思議です」と補足した。「『あの人、どこにでもいるおっちゃんなんだ』と知れば、ほっとするでしょう」  審査後、都内の女性から山浦さんに宛てたはがきが最高裁に届いた。「公報の文章に強く心を打たれた」と書かれていた。「公報は国民へのラブレター。一生懸命書けば、必ず伝わる」と感じた。

◆選択的夫婦別姓に初の憲法判断

 2016年7月の退官まで1万4000件余の裁判に携わった。選択的夫婦別姓を認めない民法の規定を巡り、初の憲法判断を示した2015年の判決はその一つだ。

インタビューに答える元最高裁判事の山浦善樹弁護士=7日、東京都千代田区で(市川和宏撮影)

 全裁判官15人で審理し、3人の女性全員と、山浦さんら弁護士出身の男性2人は「多くの場合、妻のみが自己喪失感といった負担を負い、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚した制度とはいえない」などとして「違憲」と考えた。  しかし、10人の男性裁判官が「いずれの姓を名乗るかは夫婦の協議に委ねており、規定には男女の形式的な不平等はない」として、多数決で「合憲」との結論になった。

◆国民が質問する機会もあると良い

 現在は第3次訴訟が2地裁で審理されており、今回の審査対象の6人の裁判官は、いずれ最高裁での審理に加わる可能性がある。制度そのものに大きな影響を与える判断をする裁判官らが、どのような考えを持っているのか、国民が知る機会は少ない。  山浦さんは「一方的な情報提供でなく、国民が質問する機会もあると良い」と現行の国民審査の課題を認めつつも、意義をこう語る。「最高裁裁判官になった人がどういう人柄、考え方かを知り、それを是とするか、ちょっと違うんじゃないかという意見を出す。国民審査はそのチャンスだ」 

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