1966年に静岡県で一家4人が殺害されたいわゆる「袴田事件」。この事件の犯人として逮捕された袴田巌さんは、無実を訴えたものの、死刑判決まで言い渡されるに至りました。

事件から58年後、9月26日に行われたやり直し裁判で、とうとう、巌さんに無罪が言い渡され、10月8日に検察側が控訴しない方針を固めたことが分かりました。

この事件によって大きく人生を変えられたのは、巌さんだけではありません。巌さんを58年支え続けてきた、姉のひで子さんです。

「おかしいと思うことはおかしいって言わなきゃ」

無罪判決が出たいま、これまでを振り返って思うこと、再審制度への意見をインタビューしました。(聞き手・荻上チキ、南部広美)

「昔のことなんぞ思い出したくもないけど」

――ひで子さん、よろしくお願いします。

よろしくどうぞ。

――まずは今回の静岡地裁での無罪判決、ひで子さんはどのように感じていますか?

うれしくてね、58年の苦労がすっ飛んじゃったっていう感じがしました。そのくらいうれしくて、感激いたしました。

――静岡地裁には支援者の方も多く集まっていましたが、どうお感じになりましたか。

皆さんにね、いろいろお世話になりましてね。

全国の方どころじゃなく世界から、ご支援いただきまして、本当に大勢の方にご支援いただきまして。

私たちは支援者というか、世間の皆さまに助けられてると思っておりました。

――事件によってひで子さん自身の人生も変わったと思います。これまでの人生振り返って、どういった点が思い起こされますか。

今はもうまだね、再審無罪になったっていうことでいっぱいでね。

昔のことなんぞ思い出したくもないけど、忘れてはいませんがね、なるべく思い出さないようにしておりますの。

だから(裁判が)いつまでするかわかりませんがね、ともかくうれしいという喜びを感じています、今のところは。

――事件当時、多くのメディアが巌さんを犯人だと決めつける報道をおこなっていました。この点について、新聞などは一部謝罪をしましたが、ひで子さんはどのように感じていますか。

新聞報道で事件当時はひどいことを書かれましたがね、そんなことはどうでもいいことでしてね。今現在の状況というものを大事にしたいと思っております。

「おかしいと思うことはおかしいって言わなきゃ」

――やり直しの裁判が決まるまで非常に長い時間がかかりました。再審制度に対して感じていることは?

やっぱり再審制度はね、もっと早くやればできると思う。

私たちは知らないから、そのままにして「お上がおっしゃる通り」でやってたんですがね。

再審法の改正をするとか、何らかの方法で改正をしていただかないと、巌が48年拘置所に入っていたってことが何にもならなくなるんですよ。

48年、巌が(拘置所に)入っていたってことはね、それこそ大変苦労してる。

だから、(無罪判決が出たからといって)それでいいとしてはいけないと思って、再審法の改正には、皆さんにお力をお借りしたいと思っております

――新しい政権や国会でも再審制度を見直す議論をしてほしいと。

もちろんそうです。

国会でも働きかけておりますがね、今のところまだそれこそまだ決まったばっかりですので、まだはっきりいたしません。

これから大いに改正再審法なり、進めていっていただきたいと思っております。

――これから巌さんのような目に遭う方が出ないために、警察や検察などの体制についてはいかがでしょうか?

これはもう一番最初、清水の警察の調査っていうのはね、ずさんなものがあった。だからこういうことになったと思う。

だからそういうこともないように、これは注文というか、警察に注文をつけることはおかしいんですがね。

捕まってしまって警察に調べられると、即犯人とみなすというか、世間でもそうですがね。

どこでもそうですが、みんな親子・きょうだいも「警察に調べられるような者は、ろくなもんじゃない」とかって言って見捨てちゃうでしょ。

そういうことのないようにね、身内がやっぱりしっかりして、おかしいと思うことはおかしいって言わなきゃ。それを口をすぼんでしまう、私たちもそうでした。

一番最初はね、もう「黙ってるしかない」と思って、どんなひどいことを書かれようが言われまいが、黙って。

母親じゃないが、世間を狭くして、無駄ねって言って亡くなっていきましたがね。

世間を狭く生きるっていうことは大変なことなんです。

そういう生き方をするよりも、ちょっとおかしいんじゃないかっていうことがあれば、堂々と行動に移らないと、また冤罪というものは続くと思います。

ねつ造の認定「巌の言った通りになった」

――今回の判決では、自白の強要も問題で、証拠もねつ造だとはっきり書かれたことについてはいかがでしょうか?

これは巌が拘置所にいるときからね、もう手紙で綿々と書いてきてるんで。

それが、その通りになったんですよ。(証拠の)ねつ造だってことはもうずいぶん前に言ってるんです。

だけど、弁護士さんもなかなか「ねつ造」っていう言葉には抵抗があって、なかなかはっきり言えなくて。

2014年の3月27日に再審開始になったときに、ねつ造ってことをね、裁判所で言ってくれた。

それからねつ造って言うようになりましたがね、それ以前にもう30年も前に、巌は「ねつ造だ、ねつ造だ」って言ってるんです。

それがどんどん認められて、「巌の言った通りになった」って巌に私は話したんです。

だからとても嬉しく思っております。

ねつ造なんて本当はあっちゃいけないんですよ。あっちゃいけないということが、世間に皆さんに知られて、こういう結果になったと思っております。

――検察に控訴を断念すべきだという署名活動も行われておりますが、こうした動きについてはいかがでしょうか?

これはね、支援者の皆さんが奮起してやってくれてることですのでね。本当にありがたいと思っております。

弁護士さんもそうですが、静岡県の支援者とか、東京の支援者とか皆さんが一生懸命になって。ありがたいと思っております。

――この戦いが早く終わることがとても大事だと思いますが、今後、皆さんにはどんなところに注目してほしいですか。

こういうこともあるんだっていうことをね、こういう事実があるんだっていうことを、皆さんに改めて認識してもらいたいと思っています。

昔は警察は何も悪いことをしないということでね、「警察がやることはみんな正しい」と思っているんでしょ。

だけどそうではないっていうことは、今度ははっきりわかって、はっきり裁判所でもそれを認めてくれている。

だから、今でも「警察がそんなことするわけない」と思ってる方もいらっしゃると思う。

だけどそうではなくて、我がことに置き換えて、考えていただきたいと思う。

「袴田事件」という名前「何とも思っておりません」

――この事件はずっと「袴田事件」と呼ばれてきましたが、この名前についてはどう感じていますか?

たまたま「袴田事件」っていう名前で、(巌さんや自分の)名前が出ちゃったんですが、そのことについてはね、別段何とも思っておりません。

「袴田事件」であっても、「こがね味噌事件」であっても、事件そのものには関係ありません。

事件そのものというよりも、冤罪事件っていうものをもっと認識していただきたいと思います。

――その認識を広げるためにも、いろんなメディアの発信はとても大事になってきます。ひで子さんのこれまでの人生が漫画になっていて、今、多くの方に読まれてますね。

たまたまそういうことになって、名前が知れちゃっているんですが、別に私は有名人でも何でもありませんしね

「元死刑囚の姉である」っていう事には間違いありません。

だからそういう見方は私はしてないですが、ともかく皆さんに事件のことを知って、こういう事件があったよっていうことを改めて認識していただきたいと思っております。

――ひで子さん、ありがとうございました。

(荻上チキ・ Session 2024年10月4日の放送より)

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<聞き手>

荻上チキ:

評論家。メディア論を中心に、政治経済、社会問題、文化現象まで幅広く論じる。NPO法人「ストップいじめ!ナビ」代表、「社会調査支援機構チキラボ」所長。著書『ウェブ炎上』『いじめを生む教室』『みらいめがね』など。

南部広美:
フリーアナウンサー。日本短波放送で株式市況、経済ニュースを担当後、J-WAVE ニュース室勤務 アナウンサーとして7年間勤務。 J-WAVE “ Jam the world”、“Tokyo コンシェルジュ”、“みうらじゅん安西肇の GOLDEN TIME”NHK BS “こだわりライフヨーロッパ”ほか、CMナレーションなど多数。

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