パリオリンピック™・パラリンピックが取り組んだ「持続可能性」。新たな試みだったデジタル化とバリアフリーの状況は?「シリーズ SDGsの実践者たち」の第36回。

二酸化炭素排出量を削減する「デジタル化」

パリ2024大会では、持続可能性のある大会運営を目指して、これまでになかった新たな取り組みが行われた。会場の95%を既存や仮設の施設で対応し、ペットボトル飲料の販売や使い捨てプラスチックの持ち込みを禁止したことが、二酸化炭素の排出やごみの削減に大きく寄与したのは前編でお伝えした通りだ。

他にも画期的とも言える取り組みがあった。それは、オリンピックとパラリンピックに関するパンフレットからチケットにいたるまで、印刷物を極力排して、スマートフォンのアプリなどによってデジタル化したことだ。

パリ2024大会で提供されたアプリ

アプリは複数提供されていた。このうち、アプリ版の公式プログラムでは、競技のスケジュール、イベント情報などを無料で手に入れることができた。競技結果に関する最新のニュースなどが配信されるアプリもあった。

一方で、再生紙に印刷された紙版の公式プログラムも用意されていた。こちらは有料で、大会公式ショップや書店などで販売。オリンピックとパラリンピックの歴史や選手のインタビューなど、紙版だけに掲載された記事もあった。紙で読みたい人に選択肢を残しつつ、基本的にはデジタルで情報を提供した形だ。

大会史上初チケット「デジタル化」のメリットとは

チケットはアプリでQRコード化

競技会場では、チケットに特化したアプリを使って、QRコードを見せて入場した。アプリをダウンロードすると、インターネット上で購入したチケットが自動的に取り込まれる仕組みだった。

チケットのデジタル化は、大会史上始めての取り組みだ。オリンピックで約956万枚、パラリンピックで約258万枚のチケットが販売された大会で、チケットが印刷されなかったことによるコスト削減や、環境へのプラスの効果は小さくないだろう。

チケットをデジタル化したことのメリットは、それだけではない。運営面では偽造を防ぐことや、不正に高額で転売するいわゆるダフ屋行為などの防止が可能になる。

観客にとっても、チケットの購入や管理が容易になり、キャンセルもアプリ上でできる。スマートフォンの電池が切れると困ることになるものの、大きな会場ではスマートフォンの充電ができるブースも用意されていた。

さらに、観客として思わぬメリットを感じた場面もあった。パラリンピックでは多くの人が気軽に観戦できるように、チケットの販売価格はオリンピックよりも低く設定され、最低価格は1席あたり15ユーロだった。

陸上競技や閉会式の会場となったスタッド・ド・フランス

約8万人が収容できるスタッド・ド・フランスでは、連日陸上競技が開催されていた。大会前に陸上の15ユーロのチケットを購入したところ、正確な席番号は忘れたものの、スタンド中段から上段にかけての席を確保できたと理解していた。

それが、当日QRコードを見せて入場すると、前から5列目の席に変わっていた。この日は平日の午前中ということもあって、スタンドの上段は空席も目立っていた。前列の席には小学生や中・高校生など団体で来ていた観客も多く、実際に座った5列目の席は、団体席の中にできた空席のようなところだった。

なぜこのような席の変更が起きたかというと、購入した席よりもいい場所にキャンセルなどが出ると、自動的により良い場所に席が移動される仕組みだったからだ。チケットのデジタル化には、観客に楽しんでもらう工夫も込められていた。

二酸化炭素排出量が見える公共交通機関アプリ

パリ2024大会ならではと言えるアプリがもう一つあった。それは公共交通機関を案内するアプリだ。

公共交通機関を案内するアプリ

現在地と行き先を入れると、さまざまなルートを知らせてくれる。これだけであれば、グーグルマップなどのアプリと変わらない。大きく違う点は、ルートごとの二酸化炭素排出量が表示されることだ。

ルートごとに二酸化炭素排出量を表示

地下鉄や路面電車など、鉄道の種類によって排出量は異なる。選んだルートの排出量は27グラム。その下に、ガソリン車を使って移動した場合の排出量が1785グラムと表示されることで、排出量の違いがよくわかる。

また、同じルートで1年間、ガソリン車の代わりに公共交通機関を利用した場合の排出削減量も表示された。電気自動車のバスや自転車、徒歩など、もっと排出量を抑えてアクセスができるルートがあれば、その方法を勧めてくる場合もある。

日本でも一部の乗り換え案内アプリで二酸化炭素の排出量が表示されるものがあるものの、このアプリはより詳しく表示して、排出量の少ない行動を促すところまで踏み込んでいる。

大会組織委員会が提供しているアプリとは別に、タクシーを呼ぶアプリでも二酸化炭素の排出量が表示されていた。しかも、最初にお勧めの選択として出てくるのは電気自動車のタクシーだった。アプリによって二酸化炭素排出量を抑える移動を促すのは、コンパクトな大会運営の狙いの一つでもあったのだろう。

パリ2024大会では、多くの会場がパリ市内の中心部に開設された。パリ市内では自転車専用道の整備や延伸が進められていて、シェアサイクルを活用して、競技会場と観光を楽しむことも可能だった。気候変動対策に取り組むパリの強い姿勢は、誰の目にも明らかではないだろうか。

シェアサイクル

バリアフリーは遅れているが……

パリ2024大会をめぐる日本での報道で、地下鉄のバリアフリーが遅れていると伝えるニュースに触れた人も多いかもしれない。実際に、地下鉄でバリアフリーの駅になっているのは全体の9%しかなく、バリアフリー率は東京やロンドンよりも低い。

完全にバリアフリーになっていたのは、オルリー空港と主要な会場がつながるなど、路線の延伸や駅の新設が行われた地下鉄14号線だけだった。

地下鉄14号線のサン=ドニ・プレイエル駅

地下鉄の整備が進まない代わりに、バリアフリーをほぼ100%達成していた交通手段もある。それは、路面電車とバスだ。

バリアフリー100%の路面電車
バスもバリアフリー100%

パリ市内にはバス路線が張り巡らされていて、地下鉄でアクセスできる会場や観光地にはバスも通っている。バスは車いす専用のスペースが複数備わっている車両や、乗車する際にスロープが自動で出てくる車両など、むしろ東京にはないバリアフリーのバスが多く走っていた。

車いす専用スペースが広いバス

さらに、車いすで観戦に訪れた人のために、一度に5台ほどの車いすが乗ることができるミニバスも、予約制で運行されていた。同様のバスが選手の送迎にも使われた。

車いすのまま乗ることができるミニバス

歴史的建造物が多いパリでは、既存の駅にさらに工事をしてバリアフリー化することが難しい。観光地周辺は車いすでは通りにくい石畳の道も多く、ハード面でのバリアフリーは、現状では進んでいるとは言えない。

それでも、オリンピックとパラリンピックを開催したことで、バリアフリーの必要性は認識された。今できることをやろうと、バリアフリー化されたバスや、車いす用のミニバスを活用したのだろう。さらに、大会のレガシーとして、今後多額の費用をかけて地下鉄のバリアフリーを進めることも議論されている。パリのバリアフリー事情は、これから変わってくるかもしれない。

東京2020大会の開催にあたっては、東京都心や会場近くの駅でエレベーターの増設が行われた。ただ、その後も継続して進められているバリアフリーの取り組みがどれだけあるだろうか。

日本国内では2025年に世界陸上と、耳が聞こえない人や聞こえにくい人による国際スポーツ大会のデフリンピックが東京都内で開催されるほか、2026年には愛知県名古屋市でパラリンピックと同規模の参加者数になるアジアパラ大会が、アジア大会とともに開催予定だ。

パリ2024大会が運営面で見せた、気候変動対策などで「持続可能性」を目指す取り組みは、今後の国際スポーツ大会の新たなモデルになる可能性がある。日本でもこの大会の検証を行うことで、国際スポーツ大会や障がいのある人が参加する大会をどのように運営し、どうやってレガシーを残していくのかについて、改めて考える機会になるのではないだろうか。(「調査情報デジタル」編集部)

【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版(TBSメディア総研が発行)で、テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。2024年6月、原則土曜日公開・配信のウィークリーマガジンにリニューアル。

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