東京新聞は25日、創刊140周年を迎えた。本紙の報道について、特報面で「本音のコラム」を12年近く執筆している文芸評論家の斎藤美奈子さんが、中村清編集局長と対談。「東京新聞が変えていくべきものと、変えてはならないもの」を指摘してもらった。

◆両論併記に逃げない 弱者の側に立つ

 中村 東京新聞はどんな新聞だと思いますか。  斎藤 「ソフトな反権力」かな。反戦、反差別、反原発が柱だと思いますが、いい意味で青臭いですよね。1980年代くらいまでは他紙も東京新聞くらいの立ち位置だったはずですが、いまや「老成した大人の対応」とでもいうか、両論併記に逃げたりする。

斎藤美奈子(さいとう・みなこ) 1956年、新潟市生まれ。文芸評論家。成城大卒業後、編集者を経て、1994年に「妊娠小説」でデビュー。2002年「文章読本さん江」で第1回小林秀雄賞。「戦下のレシピ」「出世と恋愛」など著書多数。本紙では2013年1月から特報面「本音のコラム」の執筆を続けている。

 中村 青臭いとは褒め言葉と考えていいですか。  斎藤 もちろんです。もう一つはサークル紙っぽさ。発言欄に「あの記事が良かった」という感想が載ったり、読者同士の意見交換が行われていたり。  中村 こちらの見解を押しつけるのでなく、双方向の新聞でありたいと思っています。読者同士もつながってほしい。心がけているのは読者目線、暮らしへの影響の大きさ、社会的弱者の側に立つことです。

◆1面が「他紙と違う」のは必然的

 斎藤 1面が時々、変ですよね。「これが1面トップ?」っていう。最近ですと、渋谷のキノコ雲=8月5日朝刊「広島級の原爆投下 AR(拡張現実)で再現」=に意表を突かれました。街ネタみたいな記事が突然トップに来る。

東京新聞2024年8月5日朝刊1面のトップ記事「広島級の原爆投下 ARで再現」

 中村 「ナンバーワンよりオンリーワン」で独自性のある紙面を意識しています。もう一つは、首都圏の地方紙なので、地元の話題を大きく扱うこと。すると必然的に他紙とはトップの記事が違ってきます。  斎藤 パリ五輪も頑としてトップにしなかった。  中村 五輪期間中も、ほかに重要なニュースや話題がたくさんあります。それが抜け落ちちゃうのは、違うじゃないですか。他紙との違いとしては、最終面もテレビ欄ではなく「TOKYO発」で地元のニュースを報じています。

◆「一地方」としての東京

 斎藤 なるほど。東京を「首都」でも「中央」でもなく一地方として見てるんですね。「TOKYO発」に以前載ってた「東京どんぶらこ」が好きでした。  中村 文化人の方たちが東京の街を歩き、イラストマップを中心にリポートする人気コーナーでしたが、2021年7月で終了しました。東京の街の魅力は、法政大前総長の田中優子さんを水先案内人にした「大江戸残照トリップ」などの新しい形でお伝えしています。

大江戸残照トリップ 田中優子さんと歩く

(8)面影橋 お岩さんゆかり 心揺さぶる場所


 斎藤 そうでした。歴史散歩に田中先生の寄稿まで読めるお得な企画ですね。

◆「こちら特報部」は瞬発力が命

 中村 斎藤さんにコラムをお願いしている「こちら特報部」も東京新聞の目玉の一つです。(※コラムは東京新聞紙面限定コンテンツです)

編集局長・中村清(なかむら・きよし) 1966年、新潟県長岡市生まれ。同志社大卒業後、1989年に中日新聞社入社。名古屋社会部、ソウル支局などを経て2024年6月から現職。

 斎藤 「こちら特報部」は今伝えられることをとにかく伝えるという鮮度と瞬発力が命ですよね。多少粗くても、旬の話題を追いかける。私のコラムと特報面のテーマが時々かぶるんですよ。よく先を越されます。  中村 ジャーナリズムにはやじ馬根性みたいな面もあります。何か起きたらとりあえず見に行く。  斎藤 「ふくしま作業員日誌」などの定点観測もあり、在京紙ではたぶん一番“原発報道率”が高い。東京新聞の反原発の姿勢は以前からですか? それとも3.11がキッカケ?

◆3.11は「2度目の敗戦だった」

 中村 反原発に軸足を置いて報道するようになったのは東京電力福島第1原発事故を受け、それまでの報道を反省した上で確立したというのが事実です。  斎藤 そうなんですね。3.11は2度目の敗戦だったと私は思いますが、敗戦後の姿勢が重要。そこは戦争と同じです。  中村 戦争も大きなテーマの一つです。2003年から続けている「20代記者が受け継ぐ戦争」は、この夏も2人の20代記者が戦争体験者を取材しました。

戦後79年 20代記者が受け継ぐ戦争

「お国のため」どこへ 終戦したのに中国・国共内戦に駆り出され 小野口博さん(99)が語る戦争の愚かさ


戦後79年 20代記者が受け継ぐ戦争

「ばあば、青春を奪われた怒りはなかったの?」記者が祖母・横式かつ子さん(93)から初めて聞いた戦争体験


 斎藤 読者参加の「平和の俳句」も出色です。  中村 戦後70年に始めた東京新聞の売りの一つです。今年もたくさんの方が寄せてくれました。  斎藤 私くらいの世代だと、親や教師が戦争体験者で、放っておいても直接戦争の話を聞く機会が多かった。でも、もうそんな体験すら持てない。どう語り継ぐか難しい局面です。

対談する斎藤美奈子さん(左)と中村清編集局長=東京都内で

 中村 体験者が減っていく中で戦争を報道するのはすごく難しいです。東京新聞は被害と加害の両側面があることを前提に、可能な限り事実を伝えたいと考えていますが、都合の悪い歴史はなかったことにする動きもある。それだと若い世代に誤った歴史認識を伝えることになります。 ▶次のページを読む 新聞は本当にオワコンなのか? 前のページ
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