毎年秋になると報じられてきた「児童虐待、過去最多」のニュース。今年はまだ見かけない。「こちら特報部」が昨年、虐待に関する統計の数字の怪しさを報じたからだ。それから1年近く。国は虐待の実態を表す数値をつかめずにいるのだろうか。(木原育子)

◆この時期の発表が恒例なのに

 「虐待対応における業務を必ずしも反映できていないのではないかという指摘がある」。12日、全国の児童相談所(児相)の所長や担当者が一堂に会す会議。こども家庭庁の野中祥子・虐待防止対策課長はそう語った。昨年まで恒例だった虐待相談対応件数の速報値の公表はなかった。

全国の児童相談所長らが集まった会議。例年発表される虐待相談への対応件数の公表はなかった=12日、東京・霞が関で(佐藤哲也撮影)

 対応件数は児相職員が相談に応じた数で、虐待件数とイコールではない。だが長年、虐待の実態を表すバロメーターとして扱われてきた。

◆「虐待」かどうかは自治体の解釈次第

 昨年9月に公表された2022年度の対応件数の速報値は21万9170件だった。だが、こちら特報部は翌10月、自治体の解釈がまちまちで、統一した基準で計上されていない事実を明るみに出した。例えば、通報を受けて児相職員が対応したものの、虐待ではなかった「非該当」のケースは国の記入要領上は件数から除外しなくてはならないが、徹底されていなかった。  報道を受けて昨年11~12月、こども家庭庁が改めて児相を持つ全国78自治体に調査したところ、少なくとも20自治体で記入要領に沿わない件数を報告していたことが判明。同庁は今年1~2月、2022年度の件数について再計上を求めた。

◆2022年度の虐待件数、川崎市、横浜市は下方修正

 どの程度の修正になるのだろうか。  川崎市の場合、4095件と報告していたが、「非該当」などを除くと4055件だった。市は国を待たず、既に修正した数を公表。南端慶子担当課長は「誤りは誤りとして認めなければならない。誠実に対応したかった」と理由を話す。

公園の遊具(写真は記事とは直接関係ありません)

 横浜市も公表済みで、当初の9103件から9028件に下方修正した。足立篤彦課長は「間違っていると分かった時点で、正しい数字を市民に示すのは当然だ」と説明する。

◆東京都は修正幅を公表せず

 一方、修正幅が最大になるとみられる東京都は公表せず、安藤真和課長は「国の統計として国に対して報告した。都が事前に公表することは逆に混乱を招く」との見方を示す。  こども家庭庁は、修正した全国の2022年度の件数について今月中に発表する見込みで、2023年度分も追って公表するとみられる。  相談対応件数は、児童虐待の施策を進める上で最も基盤となる公的統計だ。児相への児童福祉司の配置人数の基準や普通交付税の交付額に反映される。

◆虐待件数のデータ「把握のあり方、検討する」と子ども家庭庁

 今回、こども家庭庁は全国に再計上を指示したが、「そもそも現在の記入要領が児相の仕事量を表しているのか」(関東圏の児相関係者)という声が上がっている。  こうした指摘がある中、こども家庭庁の野中課長は12日の会議で「データの把握のあり方についても検討を行う」と説明。年内にも概要を公表するとした。  児童虐待に詳しい立命館大の野田正人特任教授(児童福祉論)は「虐待相談対応件数は調査を始めた1990年度は1000件ほどだった。現在は20万件超とずいぶん増え、制度も変わったが、統計のとり方は全く変わっていない」と指摘する。  例えば、2005年度からは児相に加え、市町村も虐待対応するよう制度変更されたが、県や政令市を中心とした児相と市町村の対応で、重複分がどれだけあるかも判明していない。  野田氏は「この国でどれだけ児童虐待があるのか、現場の負担感がしっかり計測できているのかなど抜本的に仕切り直しの時を迎えている」とし、「少々時間はかかっても、児童虐待について本腰を入れる機会にしてほしい」と見据える。 

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