原爆を体験した人の肉声を聞けば何かが変わるはず—。東京都内の大学院生佐藤優さん(23)は「被爆者と若い世代をつなぐ集い」を毎月オンラインで開いている。「一人でも多くの同世代に、被爆者の方々と出会ってほしい」。9月22日には11回目の集いを開く。(出田阿生)

◆肉声をネット中継

広島の被爆者女性と語り合う佐藤優さん=本人提供

 父が急性放射線障害で被爆から1カ月もたたずに亡くなった。腸が飛び出した幼児の遺体を念仏を唱えてまたぐしかなかった…。昨年11月から毎月開く集いでは毎回、被爆者が生々しい体験を語る。「話を聞けば、きっと大きく心を動かされる」。佐藤さんはそんな思いで、高齢の被爆者宅へ出向き、肉声をネット中継している。  毎回、被爆者のつてをたどって証言者を探す。証言を聞いた後は、参加者らで意見を交わす。35歳未満が対象だが、それ以上の年代も聴講できる。これまで10回の集いに、延べ約150人が参加したという。

◆「核廃絶の運動は広島の人がやること」と言われたことも

 広島市立大を今春卒業し、一橋大大学院に進学した佐藤さん。東京に来て、原爆に対する感覚の違いに驚いた。「核廃絶の運動は広島の人がやることで、私たちとは関係ないと言われたこともあります」

原爆ドーム前で千羽鶴を手にする佐藤優さん=本人提供

 佐藤さん自身も被爆地とは直接関係のない仙台市出身だが、曽祖母から仙台空襲の話を聞いて育った。曽祖父も戦死していて「家族の話として戦争をとらえていた」という。高校時代に元広島市長の本を読み、広島に進学しようと決めた。広島平和記念資料館で被爆者の遺品整理のボランティアや証言会を手伝い、50人以上の被爆者と出会った。  そこで初めて「体験を話すことが、どんなに苦しいことなのか知った」。差別や偏見に苦しみ、高齢になって重い口を開いた人、壮絶な過去がよみがえり体調を崩す人…。それでも伝えようという気持ちの強さに、尊敬の念がわいた。「被爆者の話」ではなく「その人の人生について聞きたい」と思うようになった。

◆世界中に核兵器があり、戦禍は続く

 原爆投下時の地獄のような光景を耳で聞いても、若い世代が五感で受け止めるのは簡単ではない。「『記憶の継承』『戦争を語り継ぐ』というが、本当にできるのだろうか」と自問するが、それでも一緒の時間を過ごしたことは、心に刻まれるはず、話を聞く前よりも想像がしやすくなるはず、と信じる。  「原爆被害は昔話じゃない。世界中に核兵器があり、ウクライナやガザの戦禍が続き、休戦中の朝鮮戦争もある。今の戦争や未来について考える場にしたい」  次回22日の語り手は埼玉県川口市の高橋溥(ひろし)さん(84)。5歳の時、広島の爆心地から1.5キロで被爆した。母は倒壊した家屋の生き埋めとなり、背中の傷に入った結核菌がもとで、高橋さんが小学6年の時、42歳で亡くなったという。午後2〜4時、ズームで開催。参加者を募集中。ネット上のフォームで申し込む。

 被爆者の高齢化 厚生労働省によると、被爆者健康手帳を持つ全世界の被爆者は3月末時点で10万6825人で、平均年齢は85.58歳。原爆投下から8月で79年となり、経験を継承することや、被爆者への医療や介護の支援拡充が喫緊の課題となっている。



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