「死刑制度を続ける日本は北朝鮮やシリアと同じ」―。英国のジュリア・ロングボトム駐日大使が、日本の死刑制度のあるべき方向性を議論している有識者会議で講演し、日本に向けられている厳しい視線を指摘した。55年前に死刑を廃止した英国から日本はどう映るのか。(三宅千智)

◆死刑制度のあるべき方向性を議論する会合で…

 発言が出たのは、8月29日に東京都内で開かれた「日本の死刑制度について考える懇話会」(座長=井田良(まこと)中央大大学院教授)。日本弁護士連合会が2月に設置し、法曹関係者や国会議員、学識経験者が参加。10月の提言とりまとめを目指し、犯罪被害者遺族や元法相、元刑務官ら関係者から意見聴取を重ねている。

法曹関係者や国会議員らが参加した「日本の死刑制度について考える懇話会」=東京都千代田区で

 その1人がロングボトム氏。1986年に英国外務省に入省し、東京の在日英国大使館では90~93年に二等書記官として、2012~16年に公使として勤務し、21年3月から現職。知日派として知られ、講演は日本語で行った。

◆「日本は親切で民主主義国家」というイメージ裏切る

 ロングボトム氏は「残念なことに、死刑存置という観点からみると、日本は中国、北朝鮮、シリア、イランなどの国と同じグループに入ってしまう」と述べた。22年の国連総会で採択された、死刑廃止を視野に執行の停止を求める決議案への対応が根拠という。125カ国が賛成したが、日本や米国、中国、北朝鮮など37カ国は反対した。  「私の英国人の友人は『日本は親切で民主主義の国家』というイメージを持っている。私が『でも、日本には死刑制度が残っている』と話すと、全員が目を丸くして驚く」。ロングボトム氏は明かす。

駐日英国大使のジュリア・ロングボトム氏=在日英国大使館提供

 英国は1969年に死刑を原則廃止した。第2次世界大戦が命の尊さについて再考する契機になったという。政府が設けた死刑に関する委員会は53年の報告書で「どの殺人が死刑相当で、どの殺人がそうでないかを提示することは不可能」と結論を出した。50年代に誤審事件が起きたこともきっかけとなり、「誤審の危険性」と「死刑の不可逆性」に対する国民の問題意識が高まった。

◆廃止当時、イギリスでも70%が死刑を支持していた

 現在は英国で死刑を支持する世論は40%台だが、死刑を廃止した60年代は70%台だった。「死刑廃止後に政治が世論を導き、国民は廃止を支持し続けている。新しい情報や事実に触れると意見が変化するのは当たり前のこと。重要なことは、さまざまな情報を提供し、幅広い議論を起こすことだ」と、死刑廃止に向けた政治のリーダーシップの重要性を訴えた。  一方、日本では死刑制度を容認する声が根強いことを理由に、政府は死刑廃止に消極的だ。内閣府が5年前に行った世論調査で「死刑もやむを得ない」とする割合は80.8%。「廃止すべきだ」は9.0%、「分からない」は10.2%。小泉龍司法相は今年3月の記者会見で、こうした世論調査結果に触れつつ「死刑を廃止することは適当ではない」との見解を示した。

国会議事堂

 ロングボトム氏は「英国政府はいかなる場合でも死刑には反対の立場だ」と強調。理由として「冤罪(えんざい)の場合は取り返しの付かない事態になる」ことを挙げた。

◆「間違いが起こる可能性を認める国こそ民主的」

 日本では80年代に「免田事件」「財田川事件」「松山事件」「島田事件」の四つの死刑事件で再審無罪が確定。66年に静岡県で一家4人が殺害された事件で死刑が確定した袴田巌さん(88)を巡っても、今月26日の再審公判の判決で、無罪を言い渡される公算が大きい。  ロングボトム氏はこれらの事件を引き合いに「間違いが起こる可能性を認める国こそ民主主義的な国だ」と述べ、死刑廃止に向けた議論が進むことに期待を示した。

 日本の死刑 殺人、現住建造物等放火などの重大な罪を犯した人に科される刑罰。刑法は、刑事施設内における絞首での執行を定める。刑事訴訟法は、法相の命令から5日以内に検察官や刑事施設長らが立ち会って執行しなければならないとしている。
 法務省によると、9日時点で刑事施設に収容中の確定死刑囚は107人。直近の執行は2022年7月26日、東京・秋葉原無差別殺傷事件(08年)の加藤智大死刑囚=当時(39)=で、当時の古川禎久法相が命じた。
 最も長く収容されているのは、1966年に福岡市の電器店で店員2人が殺傷された「マルヨ無線事件」で、強盗殺人などの罪で70年に死刑判決が確定した尾田信夫死刑囚(77)。



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