3度にわたる「かいぼり」でよみがえった井の頭池(井の頭恩賜公園内、三鷹市)の水草や生き物に、亡き母の生命の再生を重ねて絵筆を執る日本画家がいる。その作品は「再興第109回院展」(日本美術院主催)で日本美術院賞(大観賞)と都知事賞をダブル受賞し、注目を集めている。

再興第109回院展で日本美術院賞(大観賞)と都知事賞を受賞した「井の頭(11)―樹下生生―」の横に立つ作者の樋田礼子さん=台東区で

◆再生した井の頭池「生命の誕生と繰り返される輪廻を感じた」

 黄金色に輝きながら浮き漂う絶滅危惧種の水草ツツイトモ、トンボが飛び交う中で営巣する水鳥カイツブリ…。武蔵野市の樋田礼子(といだ・あやこ)さん(52)の受賞作「井の頭(11)―樹下生生(せいせい)―」は、井の頭池を描いたシリーズの11作目だ。  ツツイトモはヒルムシロ科の沈水植物。小型の多年草で細い線状の葉が特徴だ。井の頭池では、高度経済成長期の開発の影響で湧水量が激減したことや外来魚の増加などで水質が悪化し、姿が見られなくなっていた。  池の水を抜いて底を干すかいぼりが行われたのは2013、15、17年度。樋田さんは「かいぼりの後、水生生物や水生植物が数を増やし、豊かな生態系が再生した」と目を見張る。「ツツイトモの輝く池に木々が枝をのばす様子をスケッチしていたら、前年カイツブリの巣があったのと同じ場所で巣を作り、抱卵し始めた。生命の誕生と繰り返される輪廻(りんね)を感じた」

◆水草の群生と、母が亡くなった日の光景が重なって

 転機となったのは2019年だった。池でツツイトモの群生が池を覆うように大繁殖。印象派の画家クロード・モネが描いた「睡蓮(すいれん)」を例に「まるでモネの池のよう」と交流サイト(SNS)などで話題になった。井の頭公園に隣接する家で生まれ育った樋田さんも初めて見る景色に驚いたという。

ツツイトモが大繁殖し、景色が一変した井の頭池=2019年6月撮影

 その年の1月、樋田さんに大きな影響を与えた日本画家の母、洋子さんが亡くなっていた。ツツイトモの群生は「浮き漂う金色の雲のよう。母を荼毘(だび)に付す日に見た来迎(らいごう)の光に似ていた」。「母がよみがえった」と不思議な感慨を抱いた。

樋田さんによる「井の頭(4)―来迎図―」=本人提供

 それから樋田さんは「再生」をテーマに井の頭池とツツイトモを描き続けている。「生きとし生けるものがたくましく生きる崇高な世界だと感じています」  池のかいぼりを支援し、水辺の生態系を再生する活動を続ける認定NPO法人「生態工房」(武蔵野市)の事務局長佐藤方博(まさひろ)さん(51)は「絵を通して多くの人が水草のある風景の価値に気づくだろう。かいぼりでよみがえった池に新しい価値が生まれている」と受け止める。理事の八木愛さん(35)は「絵画だからこそ心に響く美しさや思いがある。たくさんの人に見てほしい」と願う。    ◇   ◇    

◆識者「環境を劇的に改善するには、再びかいぼり必要」

かいぼりのため水が抜かれた井の頭池=本社ヘリ「おおづる」から(2018年3月撮影)

 井の頭池の生態系に詳しい帝京科学大生命環境学部自然環境学科講師の片桐浩司さんは、池の現況を「ツツイトモや2016年に約60年ぶりに復活したイノカシラフラスコモが再生してきている。池の透視度も徐々に向上している」と話す。  ただ、繁殖力の強い外来種のコカナダモが池の底で分布範囲を広げており、「ツツイトモの姿が消えるこれからの季節に、常緑のコカナダモが再び池を覆い尽くしてしまうことが懸念される。環境を劇的に改善するには、再びかいぼりが必要と考える」と指摘する。    ◇   ◇      「再興第109回院展」は東京都美術館(台東区上野公園)で16日まで。午前9時半~午後5時半(最終日は午後1時閉場)。一般1000円、70歳以上800円、大学生以下無料。  ◆文・花井勝規/写真・川上智世、花井勝規、安江実、田中健  ◆紙面へのご意見、ご要望は「t-hatsu@tokyo-np.co.jp」へメールでお願いします。

井の頭池でスケッチする樋田礼子さん=三鷹市で(本人提供)

かいぼりによって再生した井の頭池

井の頭池のカイツブリ=2020年6月撮影



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