保育園や病院、旅行代行…。大人を対象にしたぬいぐるみのサービスが人気を集めている。ぬいぐるみは「子どものおもちゃ」と思われがちだが、大人の心をひきつけ、人間のように接する場が広がっているのはなぜなのか。(太田理英子)

◆走るのが好きな○○ちゃんは前のめりに

 「楽しんでね」。今月下旬の朝、東京都内のスタジオであった「フラッフィ学園ぬいぐるみ保育園」。女性たちが自分のぬいぐるみに声をかけ、園に預けた。  この日は運動会があり、スヌーピーやクマのキャラクターなど10のぬいぐるみが参加。スタッフが小道具を使って「ドーナツ競走」やリレーの場面を設定し、奮闘する様子を撮影した。

「ドーナツ競走」の様子を撮影するスタッフ=東京都渋谷区内で

 事前に「保護者」からぬいぐるみの性格や特技を聞き取っており、「走るのが好きな○○ちゃんは前のめりに」などと、個性に合った動きを表現する。夕方に保護者が迎えに来ると、写真のほか、ぬいぐるみの様子を記した連絡帳を渡した。料金は約8000円だった。

◆「ぬい撮り」流行で大人も連れ歩きやすく

 保育園は2022年夏の開園から計20回開かれ、延べ208のぬいぐるみが参加した。保護者の年代は20~60代で女性が中心。関西や東北からの参加者も。ぬいぐるみはどんな存在で、なぜ通園させるのか。迎えに来た保護者に聞くと…。  MC業の女性(36)は「運命共同体。緊張する仕事中に手元に置き、応援してもらうことも」という。通園は3回目で「家で見られない姿を知るのが楽しみ。体当たりでがんばっている姿に、励まされる」。無職女性(60)は「友人であり家族。夫に言えないことも話せる」と明かす。ぬいぐるみ同士、保護者間の交流が楽しいという。

ゴールを目指し走るぬいぐるみと、仲間たちが応援する様子(Fluffy Communications提供)

 大学院でぬいぐるみと人間の関わりを研究する園の運営会社代表・金子花菜さん(40)は、ここ数年でキャラクターを応援する「推し活」、ぬいぐるみが主役の写真を交流サイト(SNS)で投稿する「ぬい撮り」が流行したことで、大人がぬいぐるみを連れ歩きやすくなったと話す。

ぬいぐるみ保育園について語る金子花菜さん

 「通常のぬい撮りは自分の手中で収まるが、園に預けて何かを体験させることは保護者にとって冒険。分身のようなぬいぐるみの成長を感じることで、生きがいや自己肯定感につながっている」。子どものいない夫婦、障害のため外出困難な家族の代わりに通園させる人もいるという。

◆390億円市場、「キダルト」中心に拡大傾向

 保育園以外にも、全国では生地の破れなどを「治療」する病院や、ぬいぐるみだけのツアーを企画する旅行会社も話題で、大人が対象のぬいぐるみビジネスは盛況だ。日本玩具協会の調べでは、昨年度のぬいぐるみの国内市場規模は約390億円で、年々増加傾向にある。子ども心を持った大人を意味する「キダルト」層や訪日外国人客からの人気が要因とみられる。

かき氷やアイスを食べて休憩する様子のぬいぐるみ

 白百合女子大の菊地浩平准教授(人形文化論)は、「ぬいぐるみの触れやすさやぬくもりは、大人にも安心感を与える」と話す。持ち主の内面が投影されやすいメディアでもあるとし、サービスの広がりは「自分や人間が果たせないことをぬいぐるみに代わりにしてもらいたいというニーズに応えている。内向的に見えるが、持ち主にとっては安心や達成感が得られ、前向きに生きるための未来志向の行為なのではないか」と分析し、続ける。  「『ペットは家族』との価値観が浸透したように、近い将来、『ぬい家族』も現れるかもしれない」 

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