政府が「移住婚」の女性に60万円を支給する施策を検討している。東京23区に在住・通勤する独身女性が、結婚のため地方に移住する場合、自治体を通じて支援金を出すのだという。東京一極集中に歯止めをかける策にしたいようだが、効果はあるのか。なぜ女性に限定するのだろうか。(山田祐一郎、木原育子)  女性への支援金は、岸田文雄政権が進める「デジタル田園都市国家構想」の一環で検討されている。

◆「東京圏に女性が転入、地方には未婚の男性」

 既に同構想に基づき、2019年度から、地方移住者への支援金が運用されている。東京23区に在住するか、東京圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)から23区内に通勤する人が地方に移住して起業や就業する際、男女問わず最大60万円(単身者)を支援している。昨年度までに、約1万6000人に支給された。

内閣府が入る合同庁舎

 今回、政府はこの支援金を拡充し、独身の女性を対象に、起業や就業をしなくても、結婚を機に移住する場合も支援を受けられるようにする方針だという。  「東京圏に多くの女性が転入する一方で、地方の未婚者は男性が多い」  内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局の熊谷徹参事官補佐が制度検討の背景をこう説明する。  対象を女性に限った点について「不公平との批判もあるが、何かしら手を打たなければならないと考えている。地方への移住を考える女性の後押しとなるようにしたい」とする。  「主に引っ越しなどの費用」を使途に想定しつつ「金額は60万円で固まっているわけではない」とも。地方での婚活イベントの交通費への支援も検討している。年末の予算編成に向けて詳細を詰めるという。  2023年の人口移動報告によると、東京都は転出者より転入者が約6万8000人多い。その半数超の約3万7000人が女性だ。

◆地方への移住希望者の「お見合い支援」は苦戦

 独身の男性が多い地方では、既に移住婚に向けた取り組みが行われている。  房総半島中央部に位置し、面積の約7割を森林が占める千葉県大多喜町は過疎化が進み、人口はピーク時の2万人余りから、現在は8000人ほどに。高齢化率は4割を超える。  同町は昨年9月から一般社団法人「日本婚活支援協会」(東京)と連携し、町外の移住、結婚希望者と町内在住・在勤者とのお見合い事業を実施している。

移住婚希望者へのサポートをPRする千葉県大多喜町のウェブサイト

 同町企画課によると、お見合いを申し込んだ移住希望者は、女性が20〜50代の計36人、男性が20〜60代の計13人。ただ、これまでお見合いが実現したのは3件のみ。結婚に至った例はない。担当者は「移住希望者は、地方で仕事にとらわれない生活を求めている人が多い。それでも結婚につながる割合は低い」と移住婚の難しさを口にする。  政府が検討する支援金がカンフル剤になると思うか尋ねると「あまり影響はないのでは。支援金がもらえるから地方に移住、結婚しようと考えてもいい相手が見つからなければ難しい」。

◆1300人登録する婚活支援協会で実現した移住婚の数は…

 日本婚活支援協会は20年以降、同町を含め全国41市町村と連携し、移住婚の支援事業を展開している。後藤幸喜代表理事は「移住婚に向けた自治体などのイベントは有料のケースもあり、交通費に加えて、移住希望者の負担となっている」と明かす。  同協会には結婚を望む約1300人が登録する。だが、結婚し、地方に移住したのは2組にとどまる。政府が検討する支援金について、後藤さんはこう指摘する。「男性を含めた支援を考えなければ根本的な解決にはならないのではないか」

移住婚希望者を集めるため、長野県内の7市町村が名古屋市で開いたイベントのPR

 今週、独身女性に限定した支援金の検討が報じられると、ネット上などで批判の声がわき起こった。

◆今も残る男女の賃金格差と職種格差

 NPO法人「ファザーリング・ジャパン」副代表理事で、子育てアドバイザーの高祖常子(こうそ・ときこ)さんは「とんでもなくズレ過ぎている。なぜこんな施策が浮上したのか信じられない」とあぜんとする。  まずは、その額だ。物価高の上、残業規制強化でトラック運転手が不足する「2024年問題」が影響し、引っ越し料金は値上がり傾向にある。「既に移住を決めている人は助かるかもしれないが、引っ越し代や家具の購入費用などで消える程度の額。60万円もらえるからといって、喜んで移住する女性がいるとは思えない」とバッサリ。  そしてこう説く。「若い女性が地方から東京に流入するのは、安心して働いてキャリアを積める場所も少なく、男女の賃金格差や職種格差もいまだ歴然と残っているからだ」

東京都心(資料写真)

 さらに「都市部に比べて地方は保守的な地域が多い。男性が食事の準備や保育園の送迎をしていると『嫁は何をしているのか』という目で見られたり、『子どもはまだ生まれないのか』と平気で言われたりする話をいまだに耳にする」とし、「そういった精神的な負荷は60万円で穴埋めできない」と訴える。

◆「国家が国民を移動させる」姿勢に疑問の声

 恵泉女学園大の上村英明名誉教授(国際人権法)は、支援金の検討内容を巡り、国家が特定の国民を移動させようとすることの重大性に言及する。  「移動の自由は重要な人権だ。これを踏みにじる行為は、歴史的にたくさんあった。北海道では明治期に、多くの和人(アイヌ民族ではない日本人)が国策で送り込まれ、アイヌ民族がさらに強制移住の被害者となった歴史がある。人の移動に国家が関わるのは実は大変なことだ」と指摘。「国家がある種の餌を与えて人の移動に関わることに根本的な議論もなく、平然と手を突っ込んでくる。非常に前近代的な話ともいえる」  なぜ女性だけなのか、というところにも、疑問の目が向けられている。  性的マイノリティーの支援団体「fair」の松岡宗嗣代表理事は「女性をモノ化しているように感じた」と率直に話す。「独身の女性を焦点化し、男女で結婚し、子どもを産み育てる家族のあり方だけを肯定し、マイノリティーを排除しているとも取れる」

◆「特定の家族のあり方だけ押し付ける」

 2007年1月に柳沢伯夫厚生労働相(当時)が集会で、女性を「産む機械」と表現し、批判が渦巻いた。その後も保守系の政治家を中心に、結婚や出産を巡り、偏った見解の発言が相次ぐ。  前出の松岡さんは「同性婚や夫婦別姓制度の実現は棚上げのまま、産めよ増やせよと特定の家族のあり方だけを押しつける。強い言い方をすれば、国が率先してセクハラをしているような状況だ」と憤る。  地方創生策の面からも、今回検討されている支援金への疑義が示されている。

婚姻届(資料写真)

 日本総研の藤波匠上席主任研究員は「若い世代はどういう人と結婚し、どこで子育てするかなど、ライフプランをかなりしっかり考えている」と指摘。

◆「本気の地方創生には高度人材の受け皿を」

 その上で「本気で地方創生をしたいのなら、女性の雇用環境を改善するなど、地方が高度人材の受け皿になるための施策を打つ中小企業や自治体をバックアップする費用に回すべきだ。働き続けられる魅力的な環境があれば、男女問わず人は戻り、地方は活性化する」と強調する。  そして、国の姿勢に厳しい言葉を投げかけた。「『若い夫婦が来てくれたらいいな』くらいの甘い見通しとの印象を受ける。東京一極集中の逆転は期待できない」

◆デスクメモ

 今回の支援金の案は軽い。まず、地方衰退の根深さに対する軽さ。そして、足りないなら別の場所から動かせばいいという発想の軽さだ。人は工場間で融通し合える材料とは違う。60万円でどれだけの人が人生の大決断を下すだろう。よもや政府はこれが抜本策と考えてはいるまいな。(北) 

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