1923年の関東大震災の際に虐殺された朝鮮人を悼むさいたま市内の式典に、埼玉県の大野元裕知事が追悼文を送る検討をしていることが、東京新聞の取材で分かった。都内の式典で追悼文の送付を見送り続けている東京都の小池百合子知事とは異なる姿勢だ。識者は「虐殺や差別を防ぐためには、首長や政治家の公式な声明が最も有効」と評価する。

大野元裕埼玉県知事

 大野知事が検討している追悼文は、9月4日に予定される旧片柳村(さいたま市見沼区)で殺された朝鮮人青年の追悼式典の実行委員会が依頼していた。埼玉県は追悼文の送付について「庁内で前向きに検討中」と回答。実現すれば、朝鮮人虐殺について大野知事が追悼文を送るのは初めて。

◆実現なら「画期的なこと」

 実行委の小川満事務局長は「追悼文を出してもらえたら画期的なこと。県がどのような対応をするのか注目している」と話す。県によると、昨年も別の団体から依頼があったが、式の直前で検討が間に合わなかったため、送らなかったという。

東京都墨田区の横網町公園にある関東大震災の朝鮮人犠牲者追悼碑

 大野知事は昨年9月の記者会見で「デマ情報に基づいて朝鮮人に対する虐殺があったことは痛心に堪えない」と表明。虐殺の背景に震災翌日、県内の郡役所が、朝鮮人への警戒を強めるよう町村に出した通達「不逞鮮人(ふていせんじん)放火ニ関スル件通牒(つうちょう)」があったとも認めていた。  関東地方の他の5県は、各県内での追悼行事の有無を把握していなかった。追悼文を依頼された場合に知事がどのように対応するか問うと、茨城、栃木、千葉、神奈川の4県は「内容を踏まえて判断」と回答。群馬は「仮に、との質問には答えられない」と答えた。(石原真樹、杉浦正至)

◆主張や政治家の公式な声明が最も有効

 ノンフィクションライター安田浩一さんの話 首長や政治家の公式な声明は、虐殺や差別を防ぐために最も有効なこと。埼玉は、畑和(はた・やわら)元知事が報告書「かくされていた歴史—関東大震災と埼玉の朝鮮人虐殺事件」をまとめるなど、虐殺事件を忘れてはならない、記録にとどめるべきだと取り組んできた。その歴史の上で、追悼文の送付を示唆したことは大きな意味があり、評価すべきだ。  ◇  ◇

◆追悼文を送らない小池知事に抗議声明

 関東大震災直後に虐殺された朝鮮人犠牲者を追悼し、9月1日に東京都墨田区の都立横網町公園で営まれる式典を巡り、追悼文を8年連続で送らない方針の小池百合子知事に対して、実行委員会が抗議声明を出した。声明は今月23日付で、26日に公園を管理する都公園緑地部に提出した。

追悼文を送付しない小池百合子知事宛てに抗議声明を出した関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典実行委員会の宮川泰彦委員長(中)ら=26日、都庁で

 小池知事は、式典と同日に同じ会場で開かれる都慰霊協会の大法要で「大震災と極度の混乱の中で犠牲となられたすべての方々へ哀悼の意を表している」とする考えを示し、都の担当課を通じて追悼文を送らない方針を実行委に伝えていた。声明では「自然災害により命を失った被災者への追悼と、人の手によって命を奪われた被害者への追悼は意味合いが異なる」とし、追悼文を送るよう再考を求めた。

◆「自治体の長として態度を明確にすべきだ」

 26日に都庁で記者会見した実行委の宮川泰彦委員長は「二度とこのような過ちを起こさないよう、自治体の長としての態度を明確にすべきだ」と強調した。  小池知事は就任直後の2016年に1度だけ追悼文を送付した。17年3月の都議会一般質問で、自民議員から「今後は追悼の辞の発信を再考すべきだと考える」と問われ、小池知事は「事務方が例に従って送付した」と釈明。「今後は私自身がよく目を通した上で適切に判断する」と答えた。17年以降は送っていない。(奥野斐、押川恵理子) 

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