大手空調メーカー「ダイキン工業」の淀川製作所(大阪府摂津市)周辺で発がん性の疑いがある有機フッ素化合物(PFAS)が検出された問題で、京都大と市民団体が住民1190人の血液検査を実施し、3割が米国の基準値を超えたという結果を公表した。同製作所から離れた地域で高い数値が出た人もおり、未解明の発生源が各地にある可能性が浮かぶ。国や自治体は対応を急ぐべきではないか。(森本智之、山田雄之)

「大阪PFAS汚染と健康を考える会」が開いた記者会見=11日、大阪市で

◆「健康リスクが懸念される結果」

 「率直に言うと、調査結果の数字は高いな、と思いました。これまで汚染があるとは言われていなかった地域でも、幅はあるにせよ健康リスクが懸念される結果になった」。「大阪PFAS汚染と健康を考える会」が11日、大阪市内で開いた記者会見。分析に当たった京都大の原田浩二准教授(環境衛生学)は、落ち着いた口調ながら驚きをあらわにした。  今回、ダイキン工業淀川製作所周辺に限らず、広く大阪府、兵庫県に住む1190人を調査した。PFASのうち代表的なPFOAやPFOSなど4種の合計値が米科学アカデミーの基準(1ミリリットル当たり20ナノグラム)を超えた人は31%に当たる364人に上った。

記者会見する京都大の原田浩二准教授

 淀川製作所は2012年までPFOAを製造していた。調査対象者に3人のダイキン元従業員がおり、いずれも4種の合計が100ナノグラムを超え、1人は今回の調査で最も高い610ナノグラムに達した。また、摂津市など淀川製作所の周辺に住む人のうち「地場産の野菜を食べる」と答えた人の方が食べない人より数値が高かったことも判明した。  原田氏らは「摂津市などでは地下水や土壌汚染が起きている可能性がある」との見解を示した。

◆製作所から離れた地域でも基準値超えの人が

 ダイキン自ら周辺のPFOA汚染については淀川製作所が原因の一つと認めており、ここまでの結果はおおむね想定できた。冒頭の原田氏の発言のようにサプライズだったのは、製作所から離れた地域でも基準値超えの人が出たことだ。  なぜか。「こちら特報部」は会見で質問すると、原田氏は「PFASの発生源が、ある程度分かっているという場所は実は多くない。PFASは産業用にも生活用品にもいろんな所で使われてきた」と述べた。

ダイキン工業淀川製作所=11日、大阪府摂津市で

 PFASは半導体製造、フライパンの表面加工、撥水(はっすい)製品、泡の消火剤などで幅広く使われてきた。こうした製品の工場や、泡消火剤を使ってきた米軍基地周辺などで高濃度のPFASが検出されているが、汚染源はごく一部しか特定できていないという指摘だ。

◆いつのまにか体の中に入ってきている状況に?

 原田氏は言う。「なんかよく分からないけど、いつのまにか摂取して体の中に入ってきている状況になっているんじゃないか。大阪だけでなく全国でも血液検査を行えば、数値が高いところは出てくるだろう」  会見では、検査に参加した住民らも発言した。  摂津市の北方で、地下水では上流域に当たるという島本町の女性は「私の周りで7人が検査を受けたが、軒並み基準値を超え、驚いている。ダイキンが水質を汚染したとしても上流域なのになぜ」と話した。

◆自治体の腰が重いから「自分たちで」

 ところが汚染実態の把握は進んでいるとは言えない。「考える会」はこれまでも、行政が公費で血液検査を行うことを求めてきた。だが、国が健康へのPFASの影響を明確には認めていないことから、自治体側の腰は重いという。  今回の調査も「それなら自分たちで調べよう」(長瀬文雄事務局長)と京大の協力を得て実現したものだった。

◆実態把握へ「行政が調査を」

 「考える会」の長瀬氏は血液検査について「一般の医療機関で行えば、数万円は必要で費用がネック。会でも今後、希望者への検査を一部自己負担で行う計画だが限界がある。行政が一体的に調査しなければ実態把握は難しい」と訴える。  淀川製作所から離れた京都府綾部市から会見を傍聴に訪れた女性は「市内の川から高濃度のPFASが検出された。市に検査を求めたが応じない」と行政側の後ろ向きな姿勢を嘆いた。

有機フッ素化合物(PFAS)=京大の原田浩二准教授提供

 東京・多摩地域でも23年、650人に対する血液検査で半数以上が米基準を上回ったが、実施したのは市民団体と原田氏だった。

◆日本の姿勢に疑問を呈す国連人権理事会

 国際的な場でも、日本のPFAS汚染への対応に疑問の声が上がっている。  国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会は、5月に発表した訪日調査の報告書で「汚染された水源の近くに住む人々の健康調査の取り組みは限定的だ」と指摘。日本政府が汚染地域の住民を対象にした大規模なPFASの血中濃度検査を実施していない状況に疑問を呈した。  血液検査が行われないのはなぜか。「考える会」は、希望する大阪府民への無償の血液検査を府に要望している。しかし、府の担当者は「PFASの血中濃度について国の基準がない。国の動きを注視する」と国にげたを預ける。

◆環境省「何か対処ができるわけではない」

環境省(資料写真)

 一方、環境省の担当者は「PFASの血中濃度と健康被害との因果関係がはっきりしない」という前提のもと「検査したからといって何か対処ができるわけではない。地域の汚染状況を知るなら、環境中の濃度を測ったほうがよい」と主張する。  とはいえ、全国の河川や地下水で網羅的に調査されているとはいえない。PFAS濃度は水質調査の際に必ずチェックされる項目ではないため、自治体の判断に委ねられている。実際、大阪府でもPFAS濃度の調査は河川にとどまり、地下水は外れている。  そもそも日本には、法的拘束力を持つPFAS濃度の基準値がない。水道水や地下水について、PFOSとPFOAの合算で1リットル当たり計50ナノグラムという「暫定目標値」がある程度だ。

◆岡山県吉備中央町は損害賠償を請求

 PFOSとPFOAについて、各1リットル当たり4ナノグラムと規制を強化した米国と比べ、大きな開きがある。  環境省の専門家会議で先月、水道水について、高い数値が出た場合に水道事業者に対応を義務づける「水質基準」に格上げするかどうかも含め、暫定目標値見直しに関する議論を始めた段階だ。  国が二の足を踏むような状況の中、浄水場の水から国の暫定目標値を大幅に上回るPFASが検出された岡山県吉備中央町は先月、地元企業に1億円超の損害賠償を求めた。町は取水源の上流で企業が保管していた「使用済み活性炭」が汚染源と判断したためだ。  賠償を求める損害には、取水源の切り替えや浄水場の整備にかかった経費が含まれており、町の担当者は「さまざまな被害が出た。生じた費用を補ってもらうのは当然だ」と話す。

◆「やっぱり国の責任は大きい」

 今回の「考える会」の血液検査には、日本で長くPFAS汚染を研究してきた京都大の小泉昭夫名誉教授(環境衛生学)も加わった。小泉氏は特定できない汚染源が多くあることを認めた上で「全体として汚染源がふわっとしているからといって、ふわっとみんなに責任がある、という感じでは絶対にない」と強調する。  近年、PFAS汚染が新たに見つかるケースが相次いでいる。「責任は誰なのか。大阪でいえばダイキンは当然だが、やっぱり、国の責任は大きいと思う。PFASの問題は2000年代から指摘されていたが、『健康に影響ないから大丈夫』という姿勢で、ずっと対応を先延ばしにしてきた。不作為です」

◆デスクメモ

 PFASを巡る研究が進み、汚染の報告が相次ぐスピードに日本政府が追いつかず、企業や自治体の対応はまちまちにみえる。健康との因果関係が100%確定するまで、放置していいという類いの話ではない。住民の不安に正面から応えず、後手後手に回る事態は避けてほしい。(北) 

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