「あすの総理挨拶はニュースに」

「岸田総理は総裁選に向け憲法改正を打ち出す。再選されたら臨時国会で憲法改正、それなら解散なんてやっている場合ではなくなる」

8月6日夜、ある関係者からこんな話を聞いた。ちょうど翌日には自民党で憲法改正実現本部が開催され、岸田総理も出席することになっていた。関係者はこう続けた。

「あすの総理挨拶は踏み込む。ニュースになると思う」

実際、翌7日の岸田総理の発言は、与野党に波紋を広げ、「ポスト岸田」候補にも揺さぶりをかけることになった。

「国民投票で自衛隊の明記を」発言の波紋

●岸田総理(8月7日、自民党憲法改正実現本部にて)
「憲政史上初の国民投票にかけるとしたならば、ぜひ緊急事態条項と合わせて、この自衛隊の明記も含めて国民の判断をいただく、このことが重要であると考えています」

7日の自民党憲法改正実現本部。自民党総裁でもある岸田総理は、憲法改正をめぐって、「自衛隊の明記も国民投票にかけることが重要」と表明した。
さらに、実現本部のもとに「緊急事態条項の条文化」と「自衛隊の明記に向けた論点整理」を議論するワーキングチームを新設し、論点整理については今月中にとりまとめるよう指示した。

憲法改正を党是とする自民党は、優先すべき4項目として「自衛隊の明記」「緊急事態条項」「参議院の合区の解消」「教育環境の充実」を掲げている。

このうち、大規模災害などの緊急時に国会議員の任期を延長するなど、国会や内閣の権限を強化する「緊急事態条項」が与党・公明党の賛同も得られやすいとして、国会でももっとも議論が進んでいた。まずは「緊急事態条項」の創設を先行させる形で憲法改正をやるのではないか、という見方も強かったのだが、今回の岸田総理の発言は「自衛隊明記も一緒にやる」という意思を明確にしたものだ。

この発言は、与野党で波紋を広げた。

●立憲・長妻政調会長 8日
「勇ましく憲法改正を言うと、人気が出るとか、総裁選に有利になるとか、国民の支持がたくさん得られるとか、右派の支持を厚くできるとか、何かそういう皮算用が見え隠れしているというのが、強烈な違和感があるんですね」

●公明党・北側副代表 8日
「この問題(自衛隊の明記)については(国会の)憲法審査会でももちろん議論はなされているんですが、もう一つの緊急事態条項に比べるとですね、十分な議論がなされているかというと、まだ十分に熟していない段階なのかなと思います」

●自民党ベテラン議員 
「保守層の取り込みかと思われても仕方ないよね。これまでだってできるタイミングはあったんだから」

政権発足時からの「憲法改正」への思い

ただ、今回の岸田総理の発言は突然の思い付きで言ったものではない。

2021年10月、岸田政権が誕生すると、岸田総理は政権での実現目標のひとつに憲法改正を据えた。

●岸田総理(2022年1月 周囲に対し)
「憲法改正はやったほうがいいだろ。9条だって変えないと自衛隊の人たちがかわいそうだ」

安倍政権でもできなかった憲法改正だが、“リベラルな宏池会(岸田派)政権のほうが逆に実現しやすいのではないか”、かねてから自民党内ではこんな見方が出ていた。

総理周辺も「政権のレガシー(遺産)として総理は憲法改正を考えている」と証言していた。
この頃は政権支持率も高く、2022年の参院選で与党や日本維新の会などを加えた“改憲勢力”が3分の2以上の議席を獲得したこともあり、憲法改正が現実味を帯びてきていた。

しかし、政権はその後、旧統一教会の問題、そして派閥の裏金事件の発覚などで急激に求心力を失っていく。国会での憲法改正の議論も停滞していた。

「いつまで経っても反対で変わらない」幻の”多数決”案

久々に岸田総理から憲法改正に向けた強いメッセージが出されたのは2024年1月、通常国会冒頭での施政方針演説だ。

●岸田総理(1月30日・施政方針演説にて)
「あえて自民党総裁として申し上げれば、自分の総裁任期中に改正を実現したいとの思いに変わりはなく、議論を前進させるべく、最大限努力したいと考えています」
「今年は、条文案の具体化を進め、党派を超えた議論を加速してまいります」

内閣の基本方針や政策について訴える施政方針演説で、総理大臣ではなく、わざわざ自民党総裁として強い言葉で憲法改正に言及した。
岸田総理が施政方針演説、所信表明演説で「自民党総裁として」という表現を使ったのは初めてだった。

同じ時期に岸田総理は、2024年は一部の野党の反対を押し切ってでも憲法改正を実現したいとの強い思いを周囲に語っている。

●岸田総理 (2024年1月 周囲に対し)
「国民投票があるから、ということでこれまでは護送船団でやってきたけど、いつまで経っても反対で変わらない党もある。予算が通ったあと、どこかのタイミングで多数決で一気に決めないと動かない」

ただ、通常国会では、裏金事件を受けた政治資金規正法の改正の議論が終盤までずれ込んだ。岸田政権は法改正を無事に行うことを優先し、憲法改正の議論で野党を切り捨てることは避けた。また、自民党内でも衆院と参院の間で「緊急事態条項」をめぐって認識の違いが表面化していた。結果として通常国会でも憲法改正に向けた発議は行われず、岸田総理が掲げていた「自身の任期中の憲法改正」は事実上不可能となった。

国会終了後、憲法改正はどうするのか政府関係者が尋ねたところ、岸田総理はこう語ったという。

●岸田総理(8月 政府関係者に対し)
「(国会の)憲法審査会の動きをいつまでも待っているわけにはいかない。そこは次の仕掛けを考えていかないといけない」

総裁選でも問われる「自衛隊の明記」

そうした経緯があっての今回の「国民投票の際は自衛隊の明記も」という発言だが、9月に自民党総裁選を控えたタイミングだっただけに、「保守陣営を取り込むための総裁選対策だ」などの冷ややかな声は自民党内からも出ている。
また、ある「ポスト岸田」候補は「全く新しいことは言っていない。 9条に自衛隊明記なんて、自民党員ならみんな思ってることだから」と切り捨てた。

ただ、長年憲法改正の議論に携わってきた自民党関係者は、岸田総理の発言を手放しで歓迎するとともに、こう指摘した。

●自民党関係者
「総理が公式に『国民投票にかけるのは自衛隊の明記が最初』って表明したから、この方針はもう覆せないだろう。石破さんも小泉さんも、他の誰かも、『最初に自衛隊の明記をやらない』という選択肢は消えた」

岸田総理が憲法改正についてカードを切ったことで、他の「ポスト岸田」候補も総裁選で「自衛隊の明記」を前提とした議論を行わざるを得ないという見方だ。

総裁選での論争テーマに憲法改正が浮上する一方で、8月のJNN世論調査で「次の総理にもっとも重点的に取り組んで欲しい政策」をひとつだけ聞いたところ、1位は「物価高対策」で20.9%、「憲法改正」は1.9%で最下位だった。
自民党内と国民の関心が乖離したまま、憲法改正議論は次のステージに入ろうとしている。

TBSテレビ 政治部 官邸キャップ 川西全

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