国内に2000あるとされる活断層の中には大都市の地下に眠るものがある。九州最大都市・福岡市の真下を走る断層は17年前の大地震によって “ねじれ”が生じ、専門家は「日本一危ない断層」と呼ぶ。行政は東南海地方と同じ水準の耐震性能を目指す「条例」をつくり、建物の強じん化を急いでいるものの、コスト問題が立ちはだかっている。一方で、国内には対策がとられていない危険度が“未知数”の断層もまた数多く存在する。

地震周期の“満期”が到来、マグニチュード7超える大地震のおそれ

福岡市を貫く警固断層帯

人口160万人を擁する福岡市は「警固断層帯」の真上に位置する。政府の地震調査研究推進本部(通称:地震本部)によると、総延長は日本海側から福岡市を貫く約55キロ。20年近くこの断層を調べてきた研究者は危惧する。

宮下由香里室長

産業技術総合研究所地質調査総合センター・宮下由香里室長
「複数回の地震の時期が分かると何年おきに地震が繰り返されるのか分かります。警固断層帯は3400年~4000年の周期です」

今は活動周期の「満期」にあたり、いつマグニチュード7を超える大地震が起きてもおかしくないという。

この地域では2005年にそのマグニチュード7クラスの「福岡県西方沖地震」が起きている。主に3月20日の揺れによる被害は死者1人、負傷者1087人。全壊を含む約9000棟が損壊した。 福岡市中心部の歩道には、割れた高層ビルのガラスが降り注いだ。その地下深くで膨大なエネルギーを放出しながら動いていたのが先出の警固断層帯だ。後に “北半分”にあたる北西部がずれたことが分かった。“南半分”の南東部はそのまま残り、いわば「ねじれ」の状態が続いている。


宮下室長「西方沖地震によって、プラスアルファで地震を起こしやすくなったと考えた方がいいですね。地震の切迫性と大都市部にあることから“一番危険な断層”ではないでしょうか」

ビルのガラスが割れ飛散した(2005年 福岡市天神)

警固断層帯で30年以内に地震が起きる確率は、0.3~6%。政府はマグニチュード8の巨大地震につながるおそれのある富士山河口断層帯などと同じ「Sランク:発生確率高い」に位置づけている。もともと国内トップクラスだったものが「ねじれ」によって一段と危険度が増した可能性があるのだ。

福岡県は眠ったままの“南半分”が目覚めた際の被害をシミュレーションしている。福岡市を中心に計32988棟が全壊または半壊。建物の下敷きになるなどして 1183 人が死亡し22508人が負傷する。ライフラインも上下水道の3643か所、道路275か所、鉄道346か所が損壊する。壊滅的な被害だ。

本当に怖いのは“未調査”の断層 リスク不明で対策も手つかず

詳細な調査が進む警固断層帯(2006年福岡県大野城市)

いつ再びマグニチュード7を超える地震を引き起こすかわからない“爆弾”の上で暮らす福岡市民は心穏やかではない。ただ、ほかの活断層と比べ「警固断層帯」は比較的よく研究され、その危険性が広く知られている分、備えることはできる。一方で、全国各地には調査が進んでおらず、地震の発生確率や活動間隔が「不明」とされる断層帯が数多く存在する。警固断層帯が“日本一危ない断層”とされているのは、あくまでも調査が進んでいる断層の中での話しだ。

発生確率「不明」は全国各地に

政府の地震本部がまとめた資料によると、内陸にあり、マグニチュード7以上の大地震を引き起こすおそれのある断層のみに絞っても48の断層が30年以内の地震発生確率が推定されていない。主なものは、青森県から岩手県にまたがる折爪断層、広島県の筒賀断層、 北海道東部の標津断層帯。首都圏でも千葉県南部の鴨川低地断層帯でマグニチュード7.2程度の地震が起こる可能性があるものの、発生確率は「不明」だ。

断層の調査には何年もかかり、そもそも全国に2000ある活断層をくまなく調べる予算も人的資源もない。また、調査したものの地震周期が明らかにならなかった事例もある。断層のエキスパート宮下室長が懸念するのは、こうした「不明地域」でリスクが顕在化しないためにリスクそのものが過小評価され、対策が後手に回ってしまうことだ。

産業技術総合研究所・宮下室長「台風や水害は頻繁に起こりますが地震のように何千年に1回となると後回しにされがちです。しかし、いつ起こるか分からない以上、台風などと同じように注意して暮らす必要があります」

断層に並行して走る通勤電車

補強工事が進む西鉄の高架(2022年8月福岡市南区)

西日本鉄道(西鉄)は、郊外と福岡市中心部を結ぶ「天神大牟田線」を運行する。全国でも屈指の混雑率のこの通勤電車は、奇しくも断層帯とほぼ並行して走っている。17年前に福岡県西方沖地震が起きてからというもの “次”に向けた対策を最重要課題に据えたのは必然だった。

西鉄・小栁賢史線路担当係長「おそれているのは高架橋の柱がまっぷたつに切れてしまい橋が倒壊することです。そうならないように補強を進めています」

すでに高架の8割の柱を新たに鉄で囲って鉄筋の拘束力を強め、震度7程度の地震に耐えられるようした。残りの補強もできるだけ早く済ませる考えだ。

条例で耐震性能をさらに引き上げ、コスト負担課題に

地震地域係数

福岡市は法律の一歩先を行こうとしている。市が保有する建物の耐震化はほぼ終わり、民間住宅も92.1%が耐震化済み(2021年度推計)となったため、次の手は「条例」の制定だった。

福岡市は地域ごとに国が定める「地震地域係数」に着目した。過去の地震記録や被害状況に応じて0.7~1.0の幅がある。1.0が最もリスクが高く、関東や東南海地方が該当する。それより係数が低い地域は、柱の太さや鉄筋の数などで決まる設計地震力が割り引かれ、耐震性能を低減できる。

実は「日本一危ない断層」の直上にあるはずの福岡市の係数は0.8と低く設定されている。最初に決められた1952年の係数がほぼそのまま使われていることや関東や東南海地方との相対評価であることが影響している。

そこで福岡市は、係数を最高水準の1.0まで引き上げる努力規定を全国で初めて条例化した。対象は警固断層帯の上に新たに建てられる中高層の建物や容積率が600%を超える市の中心部だ。 これまで482棟にこの努力義務が課された。しかし、実際に“努力”して係数1.0の基準を満たしたのは124棟で、全体の4分の1ほどに留まっているのが現実だ。

福岡市・樗木正武課長

福岡市建築物安全推進課・樗木正武課長「耐震性能を上げるためには、建築時のコストも上がるので、強制的にそれをさせるのもなかなか難しい」

福岡市はパンフレットを配り周知に努めているものの、実効性の担保が課題になっている。

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