「ASIAN KUNG―FU GENERATION」のボーカル・後藤正文さん(47)は、出身地の静岡県島田市に隣接する藤枝市で、若手ミュージシャンを支援するNPO法人「アップルビネガー音楽支援機構」を立ち上げ、同市と「旧市街地の活性化」に向けた連携協定を結んだ。

活動拠点となるのは、市内にある築約130年の蔵。蔵をレコーディングスタジオに、併設の母屋を宿泊施設に改修し、2025年秋にも滞在型音楽スタジオ「Music Inn Fujieda(ミュージック イン フジエダ)」をオープンする。地元住民の「コモン(共有財産)」となる施設を目指すという。2024年7月、藤枝市役所で開かれた記者会見で後藤さんが語った構想と思いを、一問一答にまとめた。

連携協定を締結 後藤さんと北村正平藤枝市長

ー「ミュージックインフジエダ」とは。
滞在型音楽スタジオ。明治時代からお茶の倉庫として使われ空き家になっていた土蔵を、レコーディングスタジオに改修する。隣接するビル(母屋)も改修し、ミュージシャンが滞在する宿泊スペースと、地域交流を行うコミュニティスペースをつくる。

明治時代に建てられ茶倉庫として使われていた蔵

ー滞在型音楽スタジオをつくる背景は。
20年にわたって大手のレーベルと音楽制作をしてきたが、だんだんCDやレコードが売れなくなってきた。ここ10年くらい、個人的にインディペンデントで活動するミュージシャンたちの楽曲作りを手助けする中で、大手レーベルと比べて制作費の減少はより顕著だと感じた。

ミュージシャンたちがまず削るのは、スタジオの使用料。都内で設備の整ったスタジオを1日借りると、20万円を下らない。頑張ってスタジオを借りたとしても、かなりの短期間で、1日にたくさんの曲を収録する必要に迫られ、クリエイティブなチャレンジはできなくなっていく。簡単に言うと、失敗できないような環境になっている。若い人たちのチャレンジに資金的な援助をしたいと音楽賞「APPLE VINEGAR -Music Award-」を創設し、表彰を続けているが、それだけでは支援が追いつかなくなってきた。

「レガシーやコモンとなるスタジオ」

スタジオに改修予定の蔵で 後藤さんと建築家・光嶋さん

ー藤枝市の蔵の改修に至った経緯は。
ミュージシャンが気兼ねなく使えるスタジオをつくろうと、楽曲の収録に適した天井の高い建物を探していたところ、藤枝市の空き家対策の部署で働いていた友人の小林亮介さんが「藤枝にはお茶の倉庫の空き物件(蔵)がたくさんある」と教えてくれた。

元藤枝市職員の友人・小林亮介さん(写真左)と後藤さん

2022年から小林さんの協力で、倉庫として使われていた蔵を中心に探し始めた。藤枝市や周辺を歩いて複数の物件を見て回っていたところ、藤枝江崎新聞店から茶倉庫として使っていた土蔵の活用を提案いただいた。スタジオには、私がこれまで集めてきたレコーディング機材を惜しみなく提供し、誰でも自由に使えるよう整備する予定。

ーNPO法人を設立した理由は。
支援活動を透明化したかったから。私の個人スタジオをつくるのではなく、みんなでシェアして、みんなで育てて、みんなで歩んで、藤枝市のレガシー(遺産)やコモン(共有財産)となるスタジオをつくっていきたい。

「東京からポンと持ってきた」でなく「根を張る」ために

ーなぜ藤枝市と連携協定を結んだのか。
藤枝市にミュージシャンやアーティストが訪れ、地域振興につなげたい思いがあった。スタジオに利用者を集めることだけが目的ではない。地域から参加者を募って共に運営していくような、新しいかたちのスタジオをつくっていきたい。

18歳まで、藤枝市の隣の島田市で生まれ育った。学生時代によく遊びに来ていた藤枝市の蓮華寺池公園には、スターバックスコーヒーなどができて賑わっている。一方、両市とも商店街は衰退している。僕たちの世代が考えなければいけない問題だ。

スタジオに改修する土蔵の周辺は、かつて東海道の宿場町として栄えていた。江戸時代には、芸者が芸を披露する代わりに宿に泊めてもらった歴史があると聞く。このような歴史を現代に受け継いで、藤枝市がミュージシャンだけでなく、作家や詩人といったアーティストたちを支援する拠点になる。そして、そのような取り組みが日本中に広がってほしい。

なにぶん、私も地元を離れてかなり長い。「音楽スタジオが突然地域に現れる」となった時に、藤枝市の皆さんが協力してくれることは本当にありがたい。スタジオは迷惑施設のように扱われることもある。うるさいと感じる人もいる。音楽が必ずしもすべての人にとって心地いいものではない。

ミュージシャンが東京から、スタジオだけをポンと持ってきた」
そんな印象を与える施設になりたくないという気持ちもある。地域の中に音楽というものがもう少し根を張っていくイメージを持っている。地域と連携しながら、豊かなコミュニティの中で、豊かな音楽を生み出すことにチャレンジしてみたいという意欲も湧き上がってきて、今回の協定の締結にたどり着いた。

ースタジオの周辺がどのように変化していくことが理想か。
徳島県を訪れたら、海外からの観光客がたくさん歩いていて、 ゲストハウスは満室だった。目的は「お遍路さん」。スタジオ周辺の旧東海道にも多くの人が訪れ、歩くようになればいいなと考えている。また、国内外のツアーバンドは週末に東京で公演を行い、翌週末に名古屋で公演を控えている場合に、平日をどう過ごすかという問題を抱えている。東京と名古屋の中間にある藤枝市は、彼らが音楽制作やリハーサルの場として立ち寄るのにちょうど良い立地だと思う。

都内スタジオは1日20万円以上 「フジエダ」は?

ー都内で設備の整ったスタジオを借りると1日20万円を下らないとのことだが、それと同等の設備を目指す「Music Inn Fujieda」の利用料はどの程度を想定しているか。
協議中だが、目標としては1日3万円で貸し出せたら、施設の維持費などを鑑みても妥当だと考えている。宿泊料金についても検討中だが「お金がない…困った」という若手は、できればタダで泊めてあげたい。「後藤さん、お金のことは気にしないで。この後は私が全部請け負います」といった協力者が現れたら、タダにすることができる!(笑)

ー「ASIAN KUNG―FU GENERATION」のメンバーから寄せられた応援メッセージの中に「完成したら、アジカンとしてレコーディングを試したい」というコメントがあったが。
メンバーも言ってくれた通り、一番最初に自分たちのバンドでスタジオを使って、「このくらい良い音で録れますよ」というアピールはしたいと思っている。

ーこれから施設を利用する“未来のアーティスト”へメッセージを。
音楽はやることに意味があり、つくることに意味があると思う。現代では売れたモノ、バズったモノがメディアに取り上げられ、価値があるように扱われるが「私だけにしか分からない感覚」や「仲間内で最高だと思ってシェアされた感情や表現」に意味がない、価値がないということは一切ない。その一つひとつに本当に価値があって尊いものだと私は考えている。「Music Inn Fujieda」は自由に失敗できる、何度でもチャレンジできる場所を目指す。ぜひ自由に使っていただいて、素晴らしい作品をたくさん作っていただけたら幸いだ。

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