難民認定の申請中でも強制送還を可能にする改正入管難民法の救済措置として、「仮放免」にある日本生まれの子どもたちに特例的に在留特別許可(在特)を与える方針が発表されたのは1年前。非人道的な施策の唯一の光明と期待されたが、特例措置の期限だった6月10日までに少なくない子どもたちが対象外とされ、絶望感に苦しんでいる。過酷な線引きの実態を検証した。(池尾伸一、飯田克志)

◆「おりのない監獄」から救われると思った1年前のニュース

 「これでうちも救われる」。東京都内に住む中学1年生女子のアリシャさん(13)=仮名=は、昨年8月、外国籍の子どもたちに在留資格を与えるというニュースを聞いて胸を高鳴らせていた。

退去強制命令が出てないとして特例措置から外されたアリシャさん(左から2番目)の家族=都内で

 アリシャさん一家は極貧生活に耐えてきた。アフリカ出身の父親は、母国で反政府活動をしたとして何度も逮捕されたり拷問を受けたりしたことから難民として逃げてきたという。しかし、出入国在留管理庁(入管庁)は父親の難民申請を2回にわたり「不認定」と決定、母の請求も認められず、家族はそろって在留資格を失い、収容所から一時的に解放された「仮放免」の状態になってしまった。  働くことも許可なく都道府県を越えることもできない「仮放免」は、「おりのない監獄」とも呼ばれている。

◆「退去命令までは出ていない」から、在留資格が認められない?

 9年前から就労禁止だった父親に続き母親も3年前から働くことを禁止され、一家の収入はゼロ。いまはNPOからの寄付や食料援助だけが頼みの生活だ。「将来は医者になりたい」と話し懸命に勉強するアリシャさんだが、「中学の制服も高くてなかなか買えなかった。家庭科の裁縫道具など教材費用も期限までに学校に納めることができない」と打ち明ける。健康保険証がなく全額自己負担になるため、病気になっても医者にかかることは難しい。  昨年8月4日、入管庁が発表した特例措置は、日本生まれで、小中高に就学している子どもは、親も含めて在留許可を特別に与える内容。アリシャさんも小学生の妹も日本生まれ。姉妹は入管庁からの電話を心待ちにした。

出入国管理庁が入る東京・霞が関の中央合同庁舎第6号館

 ところが、一向に連絡はこない。弁護士を通じて入管庁にも確認したところ、在留許可が与えられるのは国外退去を命じる「退去強制令書」が出ている子だけだと分かった。アリシャさんの一家は、入管庁がいつでも入管施設に収容できる「収容令書」は出ているものの、退去命令までは出ておらず、「対象外」になってしまうのだ。

◆在留特別許可がいつ認められるとも分からない状況は続く

 「日本から出ていくよう命じられた家族が救われた一方で、そこまでは言われていないわたしたちが外されるのは理解できない。あまりに不公平」。母親のエレナさん(44)=仮名=は涙する。このままではアリシャさんたちを高校や大学に進学させることも難しい。  入管庁が、特例救済を打ち出したのは、難民申請3回目以降の人を強制送還できるようにする改正入管難民法(6月10日施行)が昨年の国会で審議された際、「日本で生まれ育った子まで送還するのは酷だ」との批判が野党から強まったためだ。だが、入管庁は厳しい線引きで対象を絞った。  退去命令が出ている子どもは約300人(2022年時点)。アリシャさん一家のように対象外とされた家族は少なくない。退去命令が出ていない場合は、今回の特例とは別に在特を申請することができるが、いつ認められるとも分からない不安定な日常が続く。

◆迫害から逃れるための「偽造パスポート」が

 「暗い日々から明かりが見えたと思ったのに…」

難しい病気を患う高校生のゼリヤさん(左)と父親のハサンさん=埼玉県内で

 埼玉県で暮らすトルコの少数民族クルド人男性ハサンさん(45)=仮名=も苦悩する。20年前に来日。3人の子は全て日本生まれだが、入管から連絡は一切なかった。  特に気がかりなのは食道が狭くなる病気を患い手術を繰り返す高校生の長女のゼリヤさん(16)=仮名=のこと。5月には取材に「日本でずっと暮らして、ダンス教室を開きたい」と夢を語っていたが、「いまはとても落ち込んでいて心配」(ハサンさん)。  クルド民族の権利を主張する政党活動に携わったハサンさんは、2回にわたり拘束され拷問を受け、偽造パスポートで日本に逃れてきた。  特例措置は、親が偽造パスポートで入国したり実刑を受けている場合は対象外としており、ハサンさんも「不法」とみなされた可能性がある。しかし、母国で迫害されている人がパスポートを取得するのは簡単ではない。難民条約も、やむなく偽造パスポートを使った人を不法扱いすることを禁じている。阿部浩己明治学院大教授(国際人権法)は「一律に偽造パスポートを理由にするのはおかしい」と批判する。

◆親だけ強制送還の恐れがそのままにされるケースも

 親子を引き裂くような決定も目立つ。

母親に在留許可が出ないアルペルさん=埼玉県内で

 1歳時に来日したクルド人の中学3年のアルペル・エリユルマズさん(15)=埼玉県=は、日本生まれの妹と弟の存在もあり在留許可を得た。だが、母親は許可されず退去強制命令が出たまま。3回目の難民申請が不認定になれば、強制送還される恐れがある。  母とアルペルさんが、先に来ていた父を追って来日した際、入管職員が入国を認めず一晩、空港施設に留め置かれた。難民申請して翌日、仮放免になったが、入管の帰国要請に応じなかった経緯が「不法入国」とみなされた。サッカー選手を夢見て強豪校に行くため受験勉強するが「お母さんが帰らされたら、僕たちは生きていけない」と不安にさいなまれる。

ムハマドさん(右から2人目)の家族では父親(左)だけ在留資格が許可されず在留カードがない=茨城県内で(一部画像処理)

 一方、日本生まれで茨城県に住む中学3年のムハマドさん(15)=仮名=は父親だけが「除外」された。南アジアの母国から来日時の偽名パスポートなどが原因とされた。小1の弟を含む家族4人を支えるため母親のラフィアさん(42)=仮名=が段ボール製品をつくるアルバイトをみつけたが、時給は最低賃金。しかも月70時間しか仕事がないため月収は7万円どまり。教育費にも事欠き、ラフィアさんは「子どものことも考えて夫に在留資格を」と渇望する。  入管庁は特例で在留を認めた子の人数を秋の臨時国会までに公表するという。特例から「こぼれ落ちた」子どもたちについて、入管庁は「今後、個別に判断する」としている。

◆子どもの権利を軽視する入管庁 OB「チェック体制つくるべき」

 入管行政に詳しい国士舘大の鈴木江理子教授は「子どもたちには何の責任もないのに、一方的に選別され、傷ついている」と指摘する。  在留資格審査にも携わった元入管職員の木下洋一氏は「全て入管庁だけで完結すると判断が恣意(しい)的になる。独立した第三者機関がチェックする体制をつくるべきだ」と提言する。  入管事件を多く手がける駒井知会弁護士は、日本が子どもの権利条約などを批准していることを指摘。「国際的な人権条約からすると子どもを将来のみえない極貧状態に放置したり、家族を切り裂くような決定を下したりすることは許されない」と批判。「2022年に成立した『こども基本法』は、全ての子どもの権利が守られるべきだとしており、外国籍の子も対象になる。入管庁に任せきるのでなく、こども家庭庁や厚生労働省も積極的に関わり過酷な生活環境にある子どもたちを一日でも早く救い出すべきだ」と訴える。

◆デスクメモ

 五輪の季節に苦い気持ちで思い出すのは、世界に胸を張った東京五輪の「おもてなし」。見返りを求めない精神性をアピールしたが、金を落とす外国人以外は眼中になかったことはバレバレ。日本で生まれ育った子どもたちにすら手を差し伸べない国が、何を誇れると言うのだろう。(洋) 

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