本格的な登山シーズンを迎えた、信州の山々。
一方で、課題となっているのが年々増加する「山岳遭難」です。

事前に天気やルートを調べるように、「自分の体のリスク」を知っておくことで、防げる遭難がある。
山を愛する1人の医師が取り組むのは、「登山者のための予防医療」です。


「よろしくお願いします」

三重県に住む、青木幸徳(あおき・ゆきのり)さん。

この日、松本市の松本協立病院の「登山者外来」を受診しました。

「これちなみに何してる時に心筋梗塞になりました?」
「マラソンの練習の走る前ぐらいです。アップして走ろうか、ぐらいで来ました」

2023年の秋、心筋梗塞を発症した青木さん。

リハビリも兼ねて趣味の登山を再開できないか、専門的な知識を持つ医師のアドバイスを求め、訪れました。

「失礼しますね」(聴診器当てる)

担当するのは、循環器内科が専門の市川智英(いちかわ・ともひで)医師。

プライベートで登山やクライミングを楽しむ傍ら、山岳医療のスペシャリストである国際山岳医として八ヶ岳にある診療所の運営にも携わっています。


そんな山を愛してやまない市川医師が5年前に立ち上げたのが、“登山をする人”に特化した「登山者検診」と「登山者外来」です。

市川智英医師:
「いわゆる山岳遭難死亡の20%前後ぐらいが『心臓突然死』なんです。全てを防ぐっていうのは、ちょっと難しいと思うんですけど、でも一定数防げると思うんですね」

滑落や転倒などによる「外傷」、低体温症などの「寒冷傷害」とともに、登山の三大死因とされるのが、心臓疾患による「心臓突然死」。


県警のまとめでは、2023年までの5年間に山岳遭難で死亡した173人のうち、1割強の24人が病死とされ、事前に検査をしていれば防げた可能性があります。

それ以外でも…


市川智英医師:
「体力チェックをしっかりしようということをやっていて、山岳遭難の原因の多くは体力不足というか、その方の体力に見合ってない登山をして疲労の結果、滑落してしまうとか、実際に単純な疲労遭難といって動けなくなっちゃって救助要請というケースもありますけれども」

「登山者検診」は、まさに“登山者のための人間ドック”。

突然死のリスクとなる疾患の有無や体力レベルを調べて、登山に向けたアドバイスを伝え、必要に応じて治療にも繋げるのです。

実際に検診を受けた人の2割弱から、本人が気づいていなかった狭心症や不整脈などの疾患が見つかっているといいます。

市川医師:
「ここはCPX検査室といって、CPX=心肺運動負荷試験という検査で、僕が登山者検診の中で一番重要視している検査を行う部屋になります」

使うのが、自転車型の機械。


ペダルをこぎながら、心電図や血圧などを測ります。

市川医師:
「赤い線が、ペダルの重さ。最初漕いでいない状態で計測して、そのあとだんだんペダルがどんどん重くなっていく」

モニターのグラフには、心拍数や酸素摂取量などの推移が示されます。

登山の指標になるのは…

市川医師:
「緑色のラインになっているところが、『AT』という、ざっくり言うと『有酸素運動能力』みたいな数値」

その人が身体に大きな負担をかけずに、長時間続けることができる運動強度の目安が、AT値(エーティーち)。

METs(メッツ)という単位で示されます。

これを、市川医師が考案した独自の計算式で算出する値と比較することで、どのくらいのペースで登れば身体への負担が少ないかなどが分かるといいます。

例えば、標高2899メートル、八ヶ岳の赤岳に登る場合。


体重70キロの人が8キロの荷物を背負い、コースタイム通り登るのに必要な体力値は、5.62メッツ。

しかし仮に、その人のATが5メッツだった場合、体力が足りていません。

そこで…


市川医師:
「コースタイムだと5時間35分なんですけども、それじゃ厳しいから、1.2倍ぐらいで登って6時間40分で登ると、ほぼほぼ5メッツになるので、その人の安全な体力レベルで登れる数字になるので、あなたの場合は1.2倍のペースで、その時の心拍数はいくつですよ、っていう感じで話している」

専門の医師だからこそ、的確で具体的なアドバイスができます。

市川智英医師:
「多分この5年間で(患者に)おそらく登れませんって言ったことはほぼないと思うんですよね。あなたはもう病気があるとか、何かだから登れませんってことはなくって、どうやったら登れるか、リスクを極力下げるような形で、登る方法とか、登り方とか、普段のトレーニングの方法とかをお話させてもらっている」

「肺活量を測定していきます」

2023年秋に心筋梗塞を発症し、登山者外来を受診した青木さん。


患者・青木幸徳さん:
「一度病気をして、もう最初は諦めたんですけど、こういった検診があるっていうことを知って、登山に特化した相談もできるということが、ちょっと望みがあるかなと思ったので」

肺機能検査や心臓のエコー、血液検査などを一通り行い、最後は、市川医師が最も重視するCPX=心肺運動負荷試験です。

市川医師:
「はい、ではどうぞ漕ぎましょう。1・2・1・2…」


少しずつ負荷を重くしながら、およそ10分間こぎ続けます。

「もうちょい上げられますか?」
「もう無理です」
「今軽くしましたのでちょっと漕ぎましょうかね」

「じゃあおしまいになります。お疲れ様でした」

市川医師:
「では、結果の話を順番にしていきますけど…」

遠方からの受診者も多いため、検査結果はその日のうちに説明。

再び山に登ることはできるのか、不安もにじむ青木さんでしたが…。


市川智英医師:
「いきなり北アルプスに行っていいよとはちょっと言いにくいところがあるんですけども、いわゆる低山トレーニングみたいなのを始めた方がいいのかなと思うんですよね。理想は、月に2,000メートルくらい。累積標高差で」

注意点もしっかり聞いたうえで、測定したATの心拍数・117を目安に、それを下回る強度で、少しずつ登山を再開していけることになりました。

「ありがとうございました」


青木幸徳さん:
「山に登るというのをあきらめなくて済んだので、ちょっと安心しました。(自宅)近くの山から登り始めて、この長野県の山まで戻ってこられるようにがんばります」


現在、登山者検診の受診者数は年間30人ほどで、受診者も、取り組む医療機関も、もっと増えてほしいと市川医師は話します。

市川智英医師:
「山の情報とか山の技術とか装備等とかを整えるのは当然なんですけども、それプラスアルファで、自分のセルフチェック、セルフメンテナンスですよね」

「自分の体を知る」こと。

安全な登山の、第一歩です。

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