戦後79年の今夏、漫画「はだしのゲン」を基にした講談を語ってきた講談師の神田香織さん(69)が、広島への原爆投下から終戦までを題材にした「総集編―ふまれても麦のように生きろ!ゲン」を18年ぶりに口演する。きっかけは昨年、広島市の子ども向け教材「ひろしま平和ノート」から、ゲンの漫画が削除されたこと。「私自身の生き方を否定されたよう。正当な理由がないのなら元に戻して」。8月2日、思いを込めて高座に上がる。(ライター・神野栄子)

「はだしのゲン」の総集編を18年ぶりに口演する理由などを語る神田香織

 香織さんは1986年以降、広島に原爆が投下された8月6日の惨状のくだりを講談にした「本編」の口演を続けている。一方、投下から終戦までの「総集編」は、被爆して差別されるアマチュア画家の政二(せいじ)をゲンが世話をする話が中心。2005年に故郷の福島で初演したが、「原爆投下に焦点を当てた本編のリクエストが多かった」と、06年以降は演じてこなかった。

◆「ひろしま平和ノート」から消えた

 18年の時を経て「総集編~」を復活させるのは、ひろしま平和ノートからゲンが消えたからだ。

漫画「完全版はだしのゲン」=中沢啓治著・金の星社刊

 ひろしま平和ノートには、ゲンたちが浪曲のまねをしてお金を稼いだり、栄養不足を補おうと裕福な家の池でコイを釣る場面が引用されていた。広島市教育委員会が改訂を検討する中、有識者会議で「浪曲は現代の児童の生活実態に合わない」「コイ盗みは誤解を与える恐れがある」などの指摘があり、23年度版から削除された。

◆「伝統文化を教えるのも教育」

 香織さんは、浪曲が古いとの理由に対し「日本の伝統文化を教えていくのも教育」と納得できない。自身の持つゲンの講談の全てをぶつけ、作品の素晴らしさをあらためて知ってもらおうとの思いがある。  香織さんは1980年、二代目神田山陽さんに入門。85年にサイパンを旅した際、兵士や民間人が身を投げた「バンザイクリフ」と呼ばれる崖などを訪れ、戦時下の悲劇を実感したことが転機となり、戦争をテーマにした講談を始めた。はだしのゲンの「本編」は38年間語り続け、全国で約5万人が聴いている。

講談「はだしのゲン」を口演する神田香織さん=2017年8月6日、東京・なかの芸能小劇場で(坂本登撮影)

 ウクライナ、ガザと世界で戦火が絶えない現状に、「ゲンの姿を通し、戦争の惨禍をわが事として感じてもらいたい。今起きている戦争を止めるため、何ができるかを考える機会になれば」と願う香織さん。「10年前の集団的自衛権の行使容認から、日本は戦争をしたい国になっちゃっている気がする」と国内にも目を向ける。「今こそ、『はだしのゲン』を平和教育に生かすとき」と強調する。 8月2日の「戦争講談親子会」は午後6時45分、なかの芸能小劇場(東京都中野区)で。3千円。問い合わせはオフィス10=電03(6315)0422=へ。

 はだしのゲン 広島市生まれの漫画家、中沢啓治さん(1939~2012年)が自らの被爆体験を題材に制作した長編漫画。父と姉、弟を原爆で亡くしたが、逆境にもめげず、たくましく生きる少年、中岡元(げん)の成長を描く。広島市教育委員会は2013年度から市内の全小中学校、高校で学齢に応じて作成した教材「ひろしま平和ノート」を使い、「はだしのゲン」は小学3年生向けの教材に一部が引用、掲載されたが、23年度版から削除された。



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