沖縄で米兵による日本人少女誘拐・性的暴行事件の初公判が開かれた。と言っても事件が発生したのは去年12月。今年3月には米軍も承認した上で起訴された。ところが、沖縄県がこの事件を確認したのは6月になってから。それも報道によって初めて知った可能性が高い。事件を管轄した沖縄県警は中央の警察庁には報告したが県には報告していない。警察庁は外務省に連絡。外務省は官邸にも報告し、更に在日米国大使にも電話している。つまり県だけが何も知らなかった。一体どういうことなのか…。

「大変な状況が起こっていることを知らせて警戒させるのが最優先」

実は2023年以降、沖縄では米軍関係者による性的暴行事件が4件明るみに出ているが、いずれも県には報告されていない。当然、玉城デニー沖縄県知事は怒りを露にした。
これに対し沖縄県警の刑事部長は「プライバシー保護に十分配慮する必要がある…」と県に報告しなかった理由を説明した。
外務省を通して報告を受けた政府も県警に伝達しなかった理由について同様に述べた。

林芳正 官房長官
「被害者の名誉、プライバシーに甚大な影響を与えることがありうることなどを考慮して公表するか否かを判断したものと承知をしております」

県に報告することと事件の内容を公表することとは別問題だろうが、報告しないことがプライバシーの保護とすり替えられているようだ。
また、アメリカ側からは外務省にも防衛省・沖縄防衛局にも報告はなかった。
これについて上川陽子外務大臣は“問題があったとは考えていない”との認識を示した。
こうした一連の流れに長年沖縄の基地問題などに向き合ってきた加藤裕弁護士は言う。

沖縄合同法律事務所 加藤裕弁護士
「プライバシーの問題ではない…。公表すると(沖縄県民の)米軍に対する批判が強くなるということを慮って、政府の側が公表を控えたという問題が大きかったのではないか…」

確かに日米首脳会談を控えた時期でもあったことで日米関係への忖度では、との憶測も飛び交った。佐藤正久議員も今回の外務省の対応は言語道断だと怒りながらも、性犯罪におけるプライバシー問題は特別だという。

元外務副大臣 佐藤正久参議院議員
「外務省には怒りを感じる。外務省から防衛省に伝えないのもおかしいし、アメリカに伝達の通常ルートを守れとも言っていない。外務省はこの問題に全然真剣でない。ただ警察が県に伝えてないというのは…殺人や墜落なら報告してましたが、性犯罪は非公表事案。起訴までは非公表というルールが警察内にあって…」

しかし今回は3月に起訴されたにもかかわらず報告されず、県は6月になって報道で知ったという。更に単なる性犯罪ではないというのは、沖縄生まれで『琉球新報』の論説委員長なども務めた前泊教授はこう訴える。

沖縄国際大学大学院 前泊博盛 教授
「これ誘拐事件なんですよね。誘拐のあとに性犯罪もあった…。誘拐された事件が起こっているのに知らされていないから同じような事件が起こる可能性がある。で実際(今年)5月にも同様の事件が起こっている。沖縄に住んでる我々にとってみれば公表されなければ警戒することがないわけですよ。すると子どもや女性を守る術が無いということですよ。(例えれば)クマが出ているときに、クマに襲われている人のプライバシーを優先するのかってことですよ。大変な状況が起こっていることを知らせて警戒させるのが最優先

それにしても沖縄県警は言ってみれば沖縄県の管轄機関だ。一方で全国の警察は警察庁(国家公安委員会)の傘下にある。つまり米軍がらみに関しては県警は管轄する県よりも中央を重視したということになる…。この力関係を30年に亘って防衛省を取材してきた共同通信の石井暁氏は言う。

共同通信社 石井暁 編集委員
「警察庁の人事権、指揮権は非常に強くて…。警察庁は国家警察ですね。とくに最近は警察庁そのものが捜査の主体になることが認められてきた。沖縄警察においても幹部、警視正以上は国家公務員ですので当然警察庁の意向が直接伝わってくる。人事権ももちろん握られている。制度上は県知事の部下でもあるわけですが県警本部長に影響力を持っているのは県知事よりも警察庁長官である…」

「理由はわからないがプライバシーなどの意識が高まっていることは肌で感じる」

番組が沖縄県の担当者に問い合わせたところ「県警から(米軍による性犯罪の)報告が来たのは2021年4月が最後。何がきっかけで連絡が無くなったのかはわからない」

なぜ報告しなくなったのか…県警の関係者にも問い合わせた。
「2021年4月以降報告していない。理由はわからないがプライバシーなどの意識が高まっていることは肌で感じる

県も県警も番組の取材に率直に応えてくれた。しかし、理由はわからない。沖縄県に情報が伝わらなかったのは県知事が保守系ではないからではないか…、という邪推もできる。そこで、米軍基地を持つほかの自治体の状況を調べてみた。すると…。
2021年以降、米兵などによる性犯罪の逮捕・摘発が…
青森、2件
東京、1件
神奈川、2件
山口、1件あった。そして、いずれも広報されていない。そして青森県警も沖縄同様に県に報告をしなかったと明かしてくれた。
2021年に何がきっかけになったのかは謎だが、沖縄だけのことではないようだ。

元外務副大臣 佐藤正久参議院議員
「私が聞いている範囲では、日本人であれ米国人であれ、性犯罪は非公表事件。これは2021年以降どこの県においても非公表になったと。2021年ころから…、何故かはわかりません。プライバシー保護の観点からそう変わったと…」

「地位協定を改定しようとすると深刻な対立を招くことになる」

米軍が絡む出来事では不可解なことや理不尽なことがままある。多くは日米地位協定によるところが大きい。日米地位協定は、言うなれば“日米安保に付随して定めたられた米軍特権”だ。戦争に負けた弱小国(日本)が勝者である大国(アメリカ)に一方的に守ってもらっていた時代に作られたアメリカ優先のルールだ。
地位協定によって定められた日米合同委員会は今も日本の各省庁幹部と在日米軍幹部とで定期的に会合が持たれている。
米軍や基地の運用などについて話し合われているというが議事録は原則非公開でブラックボックスだと言われる。この地位協定に関して専門家を取材したところこんな答えが返ってきた。

戦略国際問題研究所 クリストファー・ジョンストン氏
「日米韓でこれまで数十年に亘り日米地位協定を改定することは賢明ではないという合意がある。環境問題や刑事管轄権といった柔軟性に乏しい問題を再交渉しなければならないからだ。地位協定を改定しようとすると深刻な対立を招くことになる

最後の言葉は日本にとって脅しのようには聞こえまいか…。現在の地位協定では“米兵には日本の法律でなく米国法しか適用されない”『旗国法原理』が用いられているが、実はアメリカもこれが“古臭い”と考えていると前泊教授は言う。

沖縄国際大学大学院 前泊博盛 教授
「国務省や国防総省の資料を見ても旗国法原理は古い、その国に行ったらその国の法に従う『領域主権論』っていうんですけど、ドイツやイタリアでも改定をしてそうしてる。ところが日本だけできていない。それができる官僚もいなければ政治家もいない。アメリカには歯向かわない方がいいって考えている政治家しかいないから変わらない」

かくして何も変わらない…、ままでいいのだろうか。

(BS-TBS『報道1930』7月17日放送より)

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