漫画や映画のヒットなどで近年、注目が高まっているアイヌ文化。一方で、アイヌをめぐる差別は今も形を変えて続いています。現代のアイヌ差別を取材しました。

「コスプレおばさん…」国会議員に中傷されたアイヌ女性

2024年1月、札幌でマイノリティへの差別に抗議する集会が開かれた。

アイヌの男性
「マイノリティの権利とか、もっとそれ以前の次元になってきている」
アイヌの男性
「日本社会が差別とアイヌの歴史と向き合うことをしないと変わらない」

ことの発端は、自民党の杉田水脈衆議院議員が2016年、国連の女性差別撤廃委員会に参加した際にブログなどに投稿したコメントだ。

自民党 杉田水脈 衆議院議員のブログ(投稿は現在削除)
「チマチョゴリやアイヌの民族衣装のコスプレおばさんまで登場。完全に品格に問題があります」

こうした過去の投稿がありながら2022年、杉田議員は岸田内閣で総務大臣政務官に就任。
問題が表面化すると事実上、更迭された。

杉田議員(2022年)
「傷つかれた方々に謝罪し、そうした表現を取り消します」

アイヌは日本列島の北部周辺、特に北海道に古くから住む人たちで、独自の言語や文化を持つ先住民だ。

抗議集会で檀上に立った札幌の多原良子さん。杉田議員にブログで誹謗中傷された当事者のアイヌだ。北海道むかわ町の出身で、父方、母方、両方の祖母がアイヌ。若い頃はアイヌであることを隠して生きていたという。

多原良子さん
「(祖母の写真が)小さい頃からうちの仏壇にあったんだよね。その頃は普通だったけど、結婚したらお盆とか正月に夫と帰るでしょ。このおばあちゃんのこの写真が嫌で。アイヌだってばれる。わかってはいると思うけど、いつ口に出されるかっていう」

子育てが落ち着いたころにアイヌ協会札幌支部に入会。アイヌの生活や歴史を学ぶ中で、それまで「隠くすもの」だったアイヌとしての意識が「守るもの」に変わっていった。

多原さん
「日本社会の中でも大変な状況の人たちがいる。それはそこの分野で政治的社会的に救済しなくてはならない。だけど先住民族は、また別の当たり前にあった権利を回復していくべきなのに」

多原さんは杉田議員からの中傷を受けて、在日コリアンの女性らと連帯し、2023年、札幌法務局に人権救済を申し立てた。その結果、杉田議員は札幌と大阪の法務局から「人権侵犯」と認定された。しかし、その後も自らを正当化する発信を繰り返す。

杉田議員のSNS(2023年11月投稿)
「人権侵犯の対象となったブログはアイヌ民族について書いたものでない。女子差別撤廃委員会に参加していた左派の活動家について書いたものです」
「そもそもその方々がアイヌ民族なのかどうか?」

またYouTube「デイリーWiLL」に出演し、アイヌ文化振興事業に公金の不正流用疑惑があるとの見解を示した上で、こう揶揄した。

杉田議員(2023年11月)
「流行語対象の中にノミネートされても良かったと思うんですけどね『公金チューチュー』ハハハ」

この発言後、政府はアイヌ文化振興事業について「現在は適正に執行され、不正経理はない」として、杉田議員の発言を否定している。

杉田議員(1月)
「私は差別をするつもりとかは一切ございませんでしたし、もしもあのブログを読んで、誰も傷ついていないのであれば、謝罪をする必要はないのではないかと思っている」

多原さん
「アイヌ衣装を私が着たことに対してコスプレと言った。それはもう『アイヌではない』ということを言っている。彼女は差別でないと言っているので、そういった(差別の)感覚は持っていないのでしょうけど、あんなひどい書き込みを、皆さんがされたらどうですか。 逆に私が言ったらどうですか」

いま注目が高まるアイヌ文化、差別の歴史

2024年のゴールデンウィーク。曇り空にもかかわらず、北海道白老町の「ウポポイ・民族共生象徴空間」には多くの観光客が訪れていた。

アイヌ文化を体験できるイベント。明治末期の北海道やアイヌを題材にした漫画「ゴールデンカムイ」のヒットもあり、アイヌ文化への関心は飛躍的に高まっている。

一方で、アイヌの歴史は差別と切り離すことができない。

アイヌ民族文化財団の資料によると、アイヌ文化は12世紀から13世紀頃に成立したといわれている。

その後、不平等な交易や労働力としての酷使により、日本語を母語とする和人との間に軋轢や争いが生じた。

1869年。明治政府は「蝦夷地」と呼ばれていた地を「北海道」と呼び改めて開拓し、アイヌの人々を「日本人」として国家に編入。言語や生活習慣を事実上禁止し、土地も取り上げた。

こうした政策によりアイヌが困窮を極めると、「北海道旧土人保護法」が制定された。

しかし、1997年に法律が廃止されるまでの約100年間、アイヌの人々は保護という名目の元、「旧土人」と呼ばれ差別的な扱いを受け続けた。

アイヌ式の結婚式を挙げた女性、その理由

北海道のむかわ町穂別。約50年前、差別や偏見が強かった時代にアイヌ古来の方法で結婚式を挙げた女性がいる。小山妙子さん。1940年に生まれた84歳のアイヌ女性だ。

この日は、高齢者やケアマネージャーらが集まってのお茶会。いつも軽妙なジョークで周囲を笑わせる小山さんはムードメーカーだ。

1971年。小山さんは当時とても珍しかったアイヌ古来の方法で結婚式を挙げた。

その映像はドキュメンタリー映画として残された。

小山妙子さん(当時31歳)
「アイヌは滅びゆく民族だとか、劣等民族だとかいろいろ言われました。でもちっとも寂しいとか悲しいとか恥ずかしいとも思わないし、誇りにさえ思っています。アイヌ式の結婚式をするってことを」

小山さん
「(なぜアイヌ式の結婚式を?)だってアイヌだもの。80歳、90歳のフチ(祖母)やエカシ(祖父)が『アイヌの結婚式見たことない』『おまえよくやってくれたな勇気あるな』『それこそアイヌメノコ(女性)だ』と言われて、泣いた」

日本人としての同化が進められ、生きるために独自の文化を捨てざるを得なかったアイヌ。小山さんが結婚式を挙げた1970年代は差別や偏見が強く残っていた。

小山さん
「哀れだった。考えがね。教育を受けていないでしょ。それで子守に出されたり、労働力として使われていた。差別みたいなもの なんてもんじゃないんだよ。豚のえさ食べていたんだよ」

“存在を否定する”アイヌ差別、SNSなどに溢れる

古くからアイヌを苦しめてきた差別。それは今、直接的なものから『存在を否定するもの』へと形を変えている。SNSなどインターネット上にはアイヌに対する強い差別の投稿が溢れている。

SNSの投稿文
「あんたみたいな自称アイヌ見てると朝から気分悪い。早く認めな、アイヌはもういない」

投稿にはアイヌは優遇されていて逆差別だという主張や、『アイヌ民族はもういない』といった、存在そのものに対する否定が多く見られる。こうした主張の背景にあるものは何なのか…

2019年、札幌で保守系団体「日本会議北海道本部」が開催した『あなたもなれる?みんなで“アイヌ”になろう?』と題された講演会。

壇上にたった講師らは『アイヌ民族の定義が曖昧であり、先住民族かどうか疑問がある』と主張した。

元北海道議 小野寺秀氏
「実際は誰でも結婚すればアイヌになれる。もしくはアイヌ協会がハンコをついただけでアイヌになれるのは間違いない」

一方、会場の外ではアイヌに対するヘイトだとして、市民団体らが反発し、衝突が起きた。

5年後の2024年3月。札幌で同じ団体がアイヌをテーマにした講演会を開いた。「改めて問う!アイヌはなぜ先住民族にこだわるのか!?」

会場の前で抗議のスタンディングを行っていた市民団体の男性に、講演会の参加者が詰め寄る場面も…

私たちは日本会議北海道本部に講演会の取材を申し込んだが「応じられない」との回答を受けた。

一方で、開催目的について、「講演会は問題意識の共有を願って行うもので、ヘイトスピーチにはあたらない」としている。講演会はどのような内容だったのか。会場で話を聞いた男性が、私たちの取材に応じた。

講演会を聞いた男性
「極めてフェアだったと思います、内容としては。アイヌを攻撃するとか、差別云々というのはトピックにそんなに上がらなかった。先住民かどうかというところのポイントが大きかったので」

男性に今もアイヌに対する差別があることへの見解を尋ねると、「差別は作られたものだ」と答えた。

講演会を聞いた男性
「アイヌにゆかりの人なのか、全く関係ないのかわからないが、プラカード持って『アイヌ差別やめろ』と言った途端に、そこに差別がある構図になる。そういった意味ではアイヌ差別はあるんだなと、作っているんだなという気持ちにはなる」

抗議の場には、身の危険を感じるとして、顔を隠して参加したアイヌの人たちもいた。

抗議に参加したアイヌの女性
「ヘイトスピーチを見た瞬間に体中の血が沸騰するような感じ。私だけではなく先祖も、彼らは傷つけているわけだし。本当はアイヌ側ももっとやらなければいけないんだけれども、それは危険なので、できない人の方が多い」

アイヌ文化の振興を掲げ、2019年に成立した「アイヌ施策推進法」では、アイヌ民族を先住民と明記した上で、「何人もアイヌの人々に対して、アイヌであることを理由として、差別すること」を禁止している。しかし、罰則はない。

法律では施行から5年目の今年、見直しを検討するとしているが、国会ではその機運は高まっていない。

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